雪色

「カカシ、障子を開けてくれる?」
寝床に半身を起こし、サクモが言った。
「すごく、寒いよ」
カカシは小さな手で、父の肩に上掛けを着せかけてから、障子を開いた。
硝子戸の向こうには、木の葉の里では珍しい雪景色が広がっていた。
重い空から、はらはらと粉雪が降り止まず、落ちてくる。
サクモは、蒼い瞳をひたすらに雪景色に当てる。
「戸を…」
サクもが言い終わる前に、カカシは制止した。
「だめ。戸を開けたら、すっごく寒いから、だめ。父さまのお熱が高くなっちゃうよ」
「そうだね」
弱く、サクモは笑った。
忍術の天才でありながら、サクモはもともと丈夫ではなく、寝付くことが多かった。
だが、こんなにも臥したきりになったのは、任務失敗を強く非難されてからだ。
「父さま、雪が好き? カカシが雪を持ってきてあげる」
父の目が、あまりに雪ばかりを見つめるので、カカシはサクモの部屋から出て、玄関から外に行った。
硝子を開けて、そのまま縁側から飛びださなかったのは、父に冷気を浴びせないためだった。
庭の中でもっとも汚れていなさそうな、植木に積もった雪を背伸びして、集める。
幼い手に持てるだけ、雪の玉を固める。
寝床から見ている父に雪玉を示し、またカカシは玄関を回って、部屋に戻った。
「はい。いちばん、真っ白な雪」
寒さに頬を赤くしたカカシは、サクモの手に雪玉をのせる。
「ありがとう」
サクモは、両手でそれを受けとめた。
いちばん真っ白な雪よりも、父さまの手のほうが白い。
雪色だ。
カカシはそう思った。
突然、雪玉の真ん中が凹んだ。
驚いて、カカシは父の顔を見上げる。
サクモの蒼い瞳から、涙がこぼれていた。
熱い雫が、雪を溶かす。
「父さま。冷たい? 痛い? 苦しいの?」
カカシは、サクモの額に掌をあてる。
「ごめんね」
サクモは、首を横に振った。
雪の玉を、そっと枕元に置き、カカシを抱きしめる。
「こんなに冷たくなって。ごめんね、ごめんね、カカシ」
サクモの流す熱い雫は、今度はカカシの肩を濡らした。

降雪の量は、たいしたことはなかった。
翌日には溶け、午後にはよく晴れて気温もあがったので、湿った跡も消えていた。

サクモの涙の理由を、カカシはずっと考えた。
サクモは、一年の半分を雪に閉じ込められる地の出身であったから、その故郷を懐かしんだのだろうか。
違うんじゃない?
と、カカシの師、波風ミナトは言った。
何年も何年も経って、カカシの左目に写輪眼が嵌まってから後、カカシはミナトに、雪の日の話を告げたのだった。
「カカシが可愛いからだよ。こどもが可愛い、可愛いって親が泣くって、昔から決まってるんだよ」
そう言って、ミナトは泣きはしなかったけど、あのときのサクモと同じくらい強い力で、カカシを抱きしめた。

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