SSS(オリジナル/氷沼シリーズ番外)

 それは少しだけ未来の話だ。そう、氷沼が隣人から奇妙な恋文を貰うようになってから、丁度一年後の、一月。
 氷沼は未だ、あのアパートに居た。そしてまた隣人も、変わらず氷沼の隣人であり続けた。だがこの一年、二人の間に会話らしい会話がなされたかと言うと、答えは否だ。彼らはあれからもただの一語も、言葉を交わさぬままだった。それでも彼らは、薄い壁一枚を隔てた隣人同士であり続けたのだ。
 今――。
 氷沼はその身を震わせながら、ゆっくりと一枚の壁に身を寄せていく。氷沼は一糸纏わぬ裸体だった。真冬だと言うのに、白い肌にはじっとりと汗が浮き出して来ているのは何故か。
 部屋の明かりを点けもせず、氷沼は壁にすり寄った。それは氷沼の部屋と、隣人の部屋とを隔てる壁。陶然と、氷沼は目を細めた。
 メモ用紙に書かれた恋文。それは今でも、一日も欠かさず氷沼の元に届けられていた。始め氷沼を脅かした、その妄執。しかし氷沼は次第次第に、その妄執に染められていったのだ。

 氷沼は排便に興奮するという自身の性癖を呪った。それを自覚したその瞬間から、体は執拗に行為を求め、だが心は『変態』である自分を呪い続けて来た。
 一生秘匿せねばならない、自己の忌まわしい――……。だがそれを知る者が、ある時不意に訪れたのだ。いや、訪れたと言うのは正確ではない。ある時不意に、その存在を告げられた、と言うべきか。
 それが氷沼の隣人だった。隣人は庭に居る時、カーテンの隙間から、氷沼の自慰を目撃してしまったのだ。そして排便をしながら射精する氷沼の、その姿の虜となってしまった。
 隣人は、氷沼の部屋のポストにメモ用紙を投函し始めた。それはただ一行だけの、走り書きのような手紙。貴方の性癖を知っています。貴方のことを想っています。貴方が好きで堪らないのです…………。
 奇妙な恋文は毎日投函され続けた。そうしていつしか氷沼は、その恋文を待ち望んでいる自分に気付き始めた。

 二人は一度も言葉を交わさなかった。それで二人は満足していたのだ。他人にそれを見られる興奮を求めながら、決して他人との交渉を欲しない氷沼。そして蛞蝓のように陰湿で、それ故に年下の氷沼を崇め、自分が言葉を交わすことすら罪悪であるかのように思っている隣人。二人はただ、隣人であり続けるだけで良かった。
「…………っ…………」
 ひくり、氷沼の喉が痙攣する。足元に敷いた新聞紙が、身じろぎするたびにガサガサと音を立てた。
 氷沼のものは、既に硬く勃起している。右手にゆるゆると、氷沼は自身を握り込んでいた。
「ん……っ……ふ……」
 掠れた声が、堪らずに漏れだしてくる。眉間に突き上がってくる快感……。だが同時に、氷沼は激しい便意を感じてもいるのだ。イチジク浣腸を三つ同時に注入した、その結果のことだった。
「はぁっ……ひ……、あ……っ……」
 しかし、氷沼は自身を扱く手を止めることができなかった。氷沼はべったりと壁に張り付き、まるで恋人にすり寄ってでもいるかのように恍惚とした顔をして、自身のものを扱き続けている。
 爪先から脳天へと、快感は何度も何度も駆け上った。激しい興奮は全身を支配し、氷沼を雁字搦めにしてしまうのだ。
 薬に体をかき回される。腸が戦慄き、後孔が痙攣する。脂汗の浮き出す苦痛を、氷沼はもう何度味わっただろうか。だがそれでいて、氷沼のものは萎えるどころか、その先にある快感を予測して、増々硬くそそり立っていく。
「は……っひ……、あぁ……っ……でる……出る……」
 泣き出しそうに掠れた声で、氷沼はそう呻いた。両手をべったりと壁につけ、氷沼はその壁に口付けまでして見せた。
 氷沼は知っているのだ。この壁一枚隔てた向こうで、あの隣人もまた氷沼と同じように、恍惚として自慰をしているであろうことを。
 自分とまるで同じ格好で壁に張り付いている隣人を、氷沼は思い描いては笑った。口角を上げ、うっとりとして、氷沼は壁にキスをする。
 それは二人の逢瀬だった。この一年言葉も交わさず、しかし壁一枚のあちらとこちらで、二人は逢瀬を重ねていた。
 聞かれている――。その意識が、氷沼の興奮の源となっていく。後孔の痙攣は、既に限界を知らせていた。
「出る…………」
 ギュチリ、と、握り込んだものから水音が立った。氷沼の唇の端からは、唾液がとろりと溢れ出している。その白痴めいた姿のままで、氷沼はヒッと声を上げた。
「ひぁぁッ……! あッ……ひ……」
 ビュ――ッ……と、勢いの良い放出。それは、溜まっていた浣腸液が新聞紙に噴きつけられた音だった。濁った液体は新聞紙を濡らしていき、しかし氷沼の体はヒクヒクと震えたままだ。
「あぁあ……っ……あ……っ……出……」
 氷沼は手を止めることが出来なかった。激しい、激しすぎる興奮に、氷沼は夢中になって陰茎を扱いている。
 全身を叩きつける快感。その中で氷沼は、自身の後孔がいくら力を込めてみても、最早窄まらないことを感じ取っていた。
 巨大な便塊を排出するため、そこは収縮しながらも口を開いたままになってしまっている。大きな塊は氷沼の腸壁をゆっくり、ゆっくりと擦り、そうして着実に出口へと近付いて来ていた。
「出るッ、でる……あぁ……っも……クソ……クソが……あぁっ……出て……出てくる……っ!」
 パックリと開いた蕾。浣腸液を滴らせながら、便塊は顔を出し始める。ニチュッ……ニチッ……と鈍い感覚を、その排泄は氷沼にもたらした。
「あぁぁ……ひ……あぁっ……ぶっといの……あぁぁ……クソがぁ……っ……」
 ミチッ……ニチニチ……と……。
 それは氷沼の後孔を一杯に押し広げ、ゆっくりとぶら下がり始める。太い、太い便塊だった。それに後孔の入り口を擦られ、それだけで氷沼は全身を打ち震わせるのだ。
「あっ、あぁっ……こんな……こんなとこで……あっ……ひ……あぁ……オナニーしながら……クソ……して……」
 氷沼の掌は先走りに濡れ尽くしていた。涎の垂れたその顔は、最早陶酔の極みにある。
 隣人の顔を、氷沼は脳裏に思い描いた。こんなにも淫猥な自分の姿を必死になって思い描き、必死になって自慰をしているであろう隣人の――恋人の――姿を。
「んあぁぁっ、出るっ、全部……全部出ちまううぅ……ッ……!」
 ブリュブリュッ――ブチュチュッ……。
 酷い音が後孔から立ち、濡れた新聞紙の上に、太い便塊が山となっていく。
 それと同時に、氷沼は激しく陰茎を扱き立て、壁に向かって放出してしまっていた。
 ビュッ、ビュッ……と、壁に精液がまき散らされる。氷沼の全身には電流が幾重にも流れ、その場に崩れ落ちてしまいそうなほどの激しい絶頂が、波になって氷沼を襲って来ていた。
「ん……っひ……、あぁ……っ……」
 ビクッ、ビクッ……と氷沼は痙攣する。上半身を壁に擦り付け、陶然としてキスをする。それはセックス以上に濃厚な逢瀬だった。
 その瞬間はいつでも――氷沼は壁に体温を感じるのだ。自分以外の確かな体温を。壁の向こうで自分のことを想っている、口もきいたことのない恋人の存在を。

 大学を卒業し、就職することになっても、氷沼はこの部屋を出て行かないだろう。そしてサラリーマンであるらしい隣人もまた、氷沼の隣人であることを止めないだろう。壁一枚を挟んだままで、彼らは恋人であったからだ。
 明日にはまた、氷沼の部屋のポストには、一枚のメモ用紙が投函される筈だった。それを思い、糞便の中で、氷沼は恍惚として笑った。
 何にも代え難い絶頂を与えてくれる恋人に、氷沼は壁越しにうっとりと笑ったのだ。
2007/01/01 小峰和也様

愚者の楽園小峰和也様の企画に応募しまして、頂きました!
ああ、もう、言葉になりません。(恍惚)
春から縁起がいいことは確かです!

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