君と僕がもしも

藍染惣右介は、腕に抱く浮竹十四郎に囁く。
「君の、この髪が好きだよ」
「そりゃ、嬉しいな」
垂れた目元をさらに下げ、浮竹は優しく、明るく笑う。
「病のせいだがな。俺も、この髪は嫌いじゃないんだ」
肺病を、生まれながらに患っているという。
幼い頃に発作であっというまに白くなった、もとは眉と同じ、漆黒の色であった、と。
笑って、浮竹は言う。
「でも、今の色も、けっこう好きだ」
藍染は、浮竹を抱きしめる。
病をかかえながらも、強く、強く、温かく、誰からも慕われる十三番隊の隊長。
護廷十三番隊最後の番号を指す隊の、隊長。
それは、彼が、最後の切り札(トランプ)であることも示している。
最も強く、最も厄介な存在。
浮竹は、その役目を忠実に守っている。
最も強く、最も厄介な浮竹。
藍染は浮竹の長く、白い髪を梳く。
「御伽噺をしてもいいかい」
目元を和ませて、愛染は微笑む。
「おまえが?」
浮竹は、緑の目を丸くして、童子のような表情になる。
その唇に一つ、藍染は接吻を落とす。
「そうだよ。僕が作ったんだ。他愛ない、実に他愛ない、御伽噺と呼ぶに相応しい話だよ」
「そりゃ、是非とも聞かないとな」
浮竹は、軽く首をあげて藍染を見る。
髪を梳く手を止めず、藍染は語る。
「君と僕がもしも人間だったら、という話だよ。現世に、人間として生まれ、人間として生きて、人間として出会って、ひかれあう。君と僕は、小さな家に住んでいる。二人だけで」
「面白いな」
言の通りの表情を、浮竹は、する。
藍染の、目元の微笑は崩れない。
「僕は、器用に生きている男ではない。真面目に仕事はこなすけれど、出世することはない。君は、器用だけど身体が弱くて、何か家計の助けになることをしようとしては倒れるものだから、お願いだから、じっとしていてくれ、と僕は君に頼んでいる」
「ははっ。俺はそのままだな。だが、おまえが出世しない男なんて、想像がつかないな」
「僕も、そのままだと思うけど? そうだね、字が達者で雇われているような書記官、そんな、役所勤めの男だ」
「おまえの書の才はたいしたものだからなあ。書家で成功するだろう?」
「しないんだよ。どんどん後輩に抜かれていってね、地位が上がらないのは別にいいけれど、給金が増えないのは困る、と思っている。もう少し、財があれば、高価な薬も買えるし、もっと良い療養ができるだろうに、と不甲斐無く思っている」
困ったような光を、緑の目に宿らせて、浮竹は藍染をうかがう。
藍染は笑みを深くする。
「その日の夕餉にも、後輩が出世したことを告げると、君は、その出世を心から喜ぶ。最近、こどもが出来たばかりだというから、何よりだ、とか、そんなふうにね。君は、いつも、そうなんだ。そして、僕も、そんな気になってしまう。貧しい暮らしだ。けれど、どうにか飢えることはなくて、君と僕は、二人だけの生活を続けていく。何十年かして、僕が先に死ぬ」
「待て。おまえのほうが死ぬのか?」
「そうだよ。僕が先に死んで、虚化する」
浮竹は目をむく。藍染の表情は変わらない。
「僕は君の魂を喰らい、君と僕は一つになる。そこを、滅却師に滅却される。君と僕の魂は一つになったまま完全に消滅し、どこにも、ソウル・ソサエティにも行くことはない」
「藍染、おまえ、なんということを考えている! 死神の存在を根本から否定するようなことなど!」
浮竹は、本気で声を荒げた。
藍染は、その浮竹の身を両腕で包みこむ。
「御伽噺だ、と言っただろう。他愛のない、ね。愛している、というかわりに、死んでもいい、という類の、他愛のない睦言だよ」
「あいぜ…」
最後まで、浮竹は名前を呼ぶことが出来なかった。
口付けて藍染は、再び、情事の火をともす。

くまなく皮膚を刺激して、全身に接吻をして。
男の欲望を注ぎ込む。
すぐに、浮竹の唇から洩れるのは、喘ぎだけになり、藍染の手折るがままに身をくねらせる。
快楽。
毒よりも厄介な、快楽。

「明日、俺は、隊務が出来んぞ」
荒い息で、浮竹は藍染を睨む。
「君の十三番隊は優秀だ。きちんと、やってくれるよ」
枕元に置いていた眼鏡を掛け、藍染は、普段どおりの穏やかな笑みを見せる。
浮竹は腕をのばし、藍染の首を引き寄せる。
「俺より、先に死ぬのは許さんぞ」
「覚えておくよ」
そのまま、藍染は、浮竹からの口付けに応えた。

交わっても、交わっても。
どんな言葉をもらっても、藍染は浮竹を腕に抱いているという実感を持てない。
浮竹が、自分だけを見つめてくれている、などと自惚れることはできない。
浮竹は、皆が大事で。
藍染に独占されはしない。

それなのに。

君との情事は、こんなにも甘い。
僕の腕の中で、君は、こんなにも乱れる。

藍染は独り、御伽噺を紡ぎ続ける。
君と僕がもしも。
もしも。

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