隊首会の日、一番隊隊舎の前で、四番隊隊長卯の花烈が十三番隊隊長浮竹十四郎を出迎えた。
「浮竹隊長。出席は認められません。お戻りなさい。おって薬を届けさせます」
「いや、今日は調子も良くて。皆の顔も見たいし」
浮竹は、たじろぎながらも言った。
「聞こえませんでしたか」
笑みを絶やさない卯の花は、一回り大きくなったような圧迫感を浮竹に与える。
「……戻ります。その前に、総隊長だけにでもご挨拶を」
「よしなに伝えます」
扉の前から動かない卯の花の姿に諦め、浮竹は来た道を帰った。
十三番隊隊首室、雨乾堂には、既に床の用意がしてあった。
「やれやれ」
浮竹は後ろ頭をかき、隊長羽織から始まり、死覇装を脱いでいく。
あるいは、隊の第三席、第四席あたりから、四番隊に連絡がいっていたのかもしれない。
十三番隊隊長の体調は、決して良くはない、と。
寝衣で横になると、もう、二度と起きあがれないような気持ちになる。
寝込むことなど、魂葬よりも虚との戦いよりも、もっと慣れているはずなのに。
「隊首会くらいしか、皆には、会えんのになあ」
天井を見つめ、声に出してみる。
隊長格は、有事でなくともやたらに忙しく、全員が揃うことなど滅多にない。
寝返りを打つと、咳がこぼれた。
卯の花烈の目は誤魔化せない。
常用しているものよりも強い、頓服が届けられるだろう。
「あれ、苦いから、嫌いなんだがなあ」
また、言葉にしてみる。
自分の声にしても、音でもないことには、沈んだ方向へ、沈んだ方向へ、考えがいってしまう。
それは、からだにも良い影響を与えないことを、浮竹は骨の髄まで学んでいる。
「浮竹隊長。もう、おやすみになってらっしゃいますか」
簾の向こうで、響きの良い、男の声がした。
浮竹は、上半身を起こす。
「いや、眠っていない。入ってくれ」
「失礼します」
長身が現れた。
「藍染」
浮竹は目を丸くする。
声も、霊圧も、間違いなく、五番隊副隊長藍染惣右介のものだ。
だが、何故。
「四番隊から預かってきました」
「おいおい、よその隊の副隊長が、なんで使い走りなんかやってるんだ」
「使い走りではないですよ。僕が自ら志願したんです。なかなかに競争率の高い争いでしたよ」
藍染は、眼鏡の奥で瞳を和ませる。
「浮竹隊長は、全隊士に慕われていますからね」
「大袈裟な表現だな。真子譲りか?」
浮竹は苦笑する。
「端的に事実を述べただけです」
藍染の声も表情も、穏やかだった。
陽だまりのようだ、と、藍染こそ他隊の隊士にも慕われている。
平子真子も、京楽春水も、藍染を警戒する様子を、浮竹に隠そうとしないが。
暗に、警戒しろ、と告げているようだったが。
「とにかく、ありがとう。忙しいのに、悪かったな」
浮竹は、手を差しだして、薬袋を受けとる。
「ちゃんと服用するところを見届けろ、と卯の花隊長に言いつかっているのですが」
どこか心配そうな目を、藍染はする。
「卯の花さんは、何もかもお見通しだなあ。俺、これが、苦くて苦くて、飲めなくて、飲んだふりですませたことが、何回もあるんだ」
浮竹は、首を竦めた。
「悪い、ついでだ。水を汲んでくれるか? おまえの前で、飲むよ」
藍染は、茶の作法でも為すように、優雅な仕草で、水差しから硝子杯に水を満たした。
「へえ。藍染の手って、きれいだなあ」
感心しながら、浮竹は、水を口に含み、そこに粉薬を溶かしこんで喉を通す。
なんとか舌に触れないように頑張っても、やはり、苦かった。
「う、やっぱり苦手だ。そこの菓子、いちばん甘そうなの、取ってくれ」
藍染は笑い、浮竹の枕元に置いてある彩り豊かな菓子の包みを、手にする。
硝子杯を受け取り、かわりに菓子を渡す。
浮竹は、急いで菓子の包みをはぎ、口に放りこんだ。
藍染が、小さな声で言った。
「用心、なさらないのですね」
「へ?」
浮竹は、緑の目を丸くするきょとんとした表情で、藍染を見る。
「なんの疑いもなく、僕の手から受け取ったものを口に入れるのですね」
「俺の口の中は、今、火急である、からな」
山本総隊長の口真似をまじえて言い、浮竹は、口の端に零れた屑も指の先でとり、舐めとる。
「旨いぞ。火急の際の判断も、おまえは確かだな」
にっこりと、浮竹は、藍染に笑いかける。
「おまえも食っていいぞ。俺には、菓子でも与えておけばいいと思われてるらしくて、あちこちから貰ってるんだ」
浮竹の言に、藍染は微笑んだ。
いつもの表情よりどこか、あどけないように、浮竹には見えた。
「では、今度は、僕も菓子持参で来ます。来てもいいでしょうか」
「菓子無しでも、来ればいい。出来れば、さっきの薬も無しでな」
浮竹は、最後の部分を真顔で言う。
「少し、時間はあるか? 茶を煎れよう」
「起きてはいけませんよ。僕が、煎れさせていただきます」
しなやかな身のこなしで、藍染は、茶器を手にした。
平子も、京楽も、藍染に用心しろ、と暗に浮竹に告げている。
卯の花も、どこかしら、そんな節を見せる。
浮竹が心から信頼する古い仲間が、そうした態度を見せてくる。
だが。
薬を差しだすときも。
菓子を差しだしたときも。
優雅な仕草と、長い指の、確かな男の手でありながら。
どこか、小さなこが、精一杯に手をのばしているようで。
浮竹は、その手を取らなければならない、と思った。
取らなければならない、と思ったのだった。