学校の屋上は平穏な気持ちの良い場所の、見せかけを保っていた。
昨夜までの戦いが夢に思えてくるほど、空は晴れて澄み渡っていた。
小鳥のさえずりが耳に届く。
山本武は、柵から身をのりだして空を見あげていた。
「ああ? 授業中だろ? 野球バカ」
不機嫌な声がした。
振り返らなくても、それが誰か、山本はわかっている。
「おまえも授業中だろ、獄寺」
「俺は、十代目が、お休みだから、お起こししてはいけないからな」
獄寺隼人は、言い訳にもならない語を繰り出す。
「サボりなのな。同じな」
山本は右目に眼帯をしたまま、にかっと笑ってみせる。
「同じじゃねえ!」
言いながら獄寺は山本の隣に並び、煙草の煙を吐く。
山本はまた、笑った。
「心配しなくても、ここから飛び降りたりしないぜ」
「だから、心配なんざしてねえっての。ああ、なんだよ? 飛び降りるって」
「ツナから聞いてないか? オレ、ここから飛び降りようとして、ツナに助けられたんだ」
「聞いてねえええ! さすが十代目! おい、山本、おまえ、命の恩人に、命がけでご恩返ししろよ!」
感動にむせんだと思ったら、すぐに山本の胸倉を掴んで凄み、獄寺は忙しい。
「やっぱ面白えのな。獄寺は」
「へらへら笑ってんじゃねえ」
「うん、なんで、笑えんだろうな、オレ。人が死んでんのにな」
笑顔を崩さないまま、山本は柵に手を置いたまま、しゃがむ。
獄寺は唇を引き結んで、空を見る。
ボンゴレリング争奪戦。
山本は、ヴァリアー側の雨の守護者スクアーロと戦い、勝った。
時雨蒼燕流は最強無敵を証明した。
そして、スクアーロは剣士の誇りと山本の命を選び、死んだ。
山本は、一度もスクアーロを殺そうとしなかった。
最後まで、助けようとした。
獄寺は山本に何かを言おうとして、結局、言えず、また空を見あげた。
「篠突く雨な」
急に、山本が声音をかえた。
「ああ?」
気のない振りをした相槌を、獄寺は打つ。
「大事な友達を助けるために親父が作った型らしい。九の型、オレも友達を、ツナを助けるために作った結果になるのな。オレ、ツナを助けたよな?」
ときおり見せる、瞬きもせずこわいほどに真剣な瞳で、山本は獄寺を見る。
「野球バカにしちゃ、よく、やったんじゃねえか。よくやったよ」
しぶしぶ、といった様子で、獄寺は言う。
「はっきり聞いたわけじゃねえけどな。親父が助けたのも、ツナの親父さんみてえだ」
普段の山本の表情に戻り、言う。
「あの親父さんが、門外顧問をか?」
信じれない、とう言葉を顔に貼りつけて山本を見た獄寺だったが、すぐに、綺麗に笑った。
銀色の瞳が、光に透けるような綺麗な笑顔だった。
「おまえがそう思うんなら、そうじゃね?」
「うん」
しばらく獄寺は煙草を吹かし、山本は柵に背を預けて空を見た。
戦いなど、夢に思えてしまうような、青い空だった。
「ほんと、やること、変わんねえな」
ぽつり、と獄寺が言った。
「ん?」
山本は、顔を獄寺に向ける。
「俺の父親。日本に留学してたことがあるらしい。ボンゴレじゃねえから、そんな、日本語が上手くなる必要もねえんだけど。その頃、日本で流行ってた歌みたいに、学校の屋上で煙草を吸ってたってさ」
「どんな歌?」
「こんなの」
獄寺は小声で口ずさんだ。
ほんとうに、ばかみたいに、今の状況そっくりな歌。
授業をぬけだして、屋上で寝転んで。
父の世代の歌。
自分たちと同じようなことをしていた、自分たちと同じ年頃の父。
想像がつくようでもあり、まったく、つかないようでもあった。
山本の父も、綱吉の父も、聞いていたかもしれない。
ただ、山本武は聞いたことがない。
聞いたことがないメロディ。
戦いなど、遠い彼方の夢だったと思わせてくれるような。
晴れた日の屋上に、よく似合う歌。
「獄寺、歌、うまいのな」
「るせえ」
素直に山本が言うと、獄寺はメロディを止め、煙草を捨てて足で踏みつけた。
「あとを残すのはやべえって」
「だから、るっせえって」
同時に吸殻を拾おうとして、山本と獄寺の肩が触れた。
聞いたことがないメロディが、頭の中で再現される。
獄寺の銀色の髪が、山本の頬にかかった。
聞いたことがないメロディ。
たぶん、あの長い銀髪も聞いたことはない。
もう、二度とメロディを聞くことはない、長い、銀髪の男。
考える間もなかった。
山本は、獄寺の銀色の髪に覆われた頭を引きよせる。
口付ける。
聞いたことがないメロディ。
すぐに、唇は離れた。
空は青く、小鳥は囀っている。
何事もなかったように、山本と獄寺は距離をあけた。
十代目は絶対に勝つ、と獄寺が言い、ああ、と山本も頷いた。