夜が明ける。1

「一緒に寝ていいかな」
明夜が言った。

寝台に上半身を起こして、分厚く綴られたファイルを読んでいた広臣は、左眼だけを細めた。
「俺、忙しいんだけど」
「わかってる」
「まあ、忙しくてもな、妙齢の美女とかな、妙齢でなくても美女とかな、美女でなくても妙齢のレデーとかな、百歩譲って男でも、赤ちゃんに近い幼児とかならな、俺だって、布団をめくって入れてやらないこともないわけよ。で、おまえは、分類、どこに入るの」
「ええと。妙齢の美男」
「自分で、美男とか言うかっ」
「だって、年は二十三だから妙齢でいいんだろ。綺麗、美形って言われるし、書かれるし」
「……書かれるって、なんだよ」
「週刊誌の美男作家ランキングで、一位になってた」
「馬鹿だろ、おまえ。わざわざ枕詞に、美、と付いてて、美しかった試しはないんだよ」
広臣は、手に持った書類を側机に置き、自分の脇を叩いた。
「あ、け、や」
一音一音くっきりと、明夜の名を呼ぶ。
呼ばれたほうは、ぎくりとしたように身構えた。
「なに、びびってんだよ。来いっての。一緒に寝たいんだろうよ」
「だって、おれ、入れてもらえる範囲じゃない」
「ほんとうの、馬鹿だろ。おまえ」
広臣は、呆れはてたというように嘆息する。
「俺、おまえが世界一、可愛いんだから、しゃあねえや」
ふわりと、明夜は笑った。
そして、大の男ふたりでも充分に対応できる、寝台に潜りこむ。
「で」
広臣は、明夜の柔らかで真っ直ぐな髪を撫でてやる。
「何が不安だ」
目を閉じて、明夜は答える。
「夜が明けない」
広臣の手が止まった。
明夜は、既に眠りの中にいるような声音で、続けた。
「夜が明けないんだ」
再び、広臣の手が動いた。
広臣は言った。ひどく優しく。
「大丈夫。夜は明ける」
ひたすらに、広臣の声は優しかった。
「明けない夜はない。明けない夜はないから。あけや」

最近ビルに建替えたばかりの東都大学、構内。
三田明夜は、日本文学研究室の扉を叩いた。
返答がないうちに、中に入る。
奥のデスクで、PCを操作していた女性が右手を挙げる。
「よ」
明夜も、軽く頭を下げる。
「ちーす」
「あの、広さんから預かり物なんですけど」
上着の懐から、明夜は封筒を出す。
速足で女性は近づいてきて、明夜から、それを受け取る。
「なあに、広ちゃんたら、別れた女房を誘ってる場合じゃないでしょうに」
中味を確かめた女性は、苦笑いを浮かべた。

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