仕事する男 2

リショウでは、ユーア・コラルカからの独立が悲願とされ、いくつかの組織が結成されていた。
ガイアはユ・コとの友好を保ちつつ、ひそかに独立運動組織を支援していた。
その絶妙なバランスを保つために、ガイアから派遣されているのが、軍情報部ではキース・エイボン大佐であり、中央情報局ではアミ・トラストであった。
またユ・コも、表向きはガイアと波風を立てないようにしつつ、独立運動を封じるべく、工作していた。
そのなかで、ガイアにもユ・コにも依らず、あくまでも自らの力による独立を目指す組織、ブランカに、エイボン大佐直属の部下である情報員、ミイシ・アイリが拉致されたのであった。
アイリの存在は、ガイアが独立運動に関わっている、生きた証拠だ。
ユ・コに差し出しても、ガイアに突きつけても、ブランカにとって良い取引材料となる。
ガイアは、本国とエイボン大佐とで政治的な駆け引きを続けつつ、アイリの身柄を奪還するべく、邪眼のミラとアミ・トラストという切り札を切ったのだった。

「黒い森という名はだてじゃないね」
位置を見失いそうになるほどの深い森の中、カナンが呟く。
「国土の三分の二を森林が占めるリショウ内でも、最も深く危険とされる地域だ。よそ者が足を踏み入れても生きては帰れぬ。だからこそ、ブランカが本拠地と選ぶに妥当であろう」
トラストは、乱れて落ちてくる髪を払いながら、言う。
「あんたでも? 生きて帰れない?」
カナンは、トラストの顔を見遣る。
アミ・トラストは、ガイア本国で生まれたガイア人であるが、リショウ人よりもリショウを知りつくした男と呼ばれている。
人脈も、驚くほどに広い。
「よそ者が、と限定した。私は、よそ者のうちには入らぬ」
カナンは、強い視線をトラストに当てた。
「それって、あんたはここから生きて出るけど、オレはだめってこと?」
トラストは嘲るように、ちらり、とカナンを見る。
「被害妄想だ。だが、そう判断したいなら、その判断を是正するのは遠慮する」
カナンは、無言で銃を抜いた。
トラストは、わずかに身をずらす。
銃音が響いた。
カナンが撃ったものではない。
彼の銃は、消音器を外してはいない。
銃口をカナンは、樹上に向けていた。
ゆっくりと歩を進め、トラストは薬莢を拾った。
「懐かしいな。十年前は、私もこのタイプを使っていた」
「オレは、こんな口径が小さいの、使ったことない」
カナンも銃をしまい、トラストがつまんだ薬莢を覗き込む。
「貴様みたいに、象を倒せる代物を片手で撃つような輩はそうだろう」
「肩が強いってのはオレの自慢なんだけど、そういうふうに言われると、馬鹿にされてるみたいだ」
「みたい、と表現を和らげる必要はない」
「……トラスト」
地を這うようなカナンの声に構わず、トラストは木々を見上げる。
「急所は外したな。宣戦布告に応じた形になったか」
「……ありがと。外れたんでなくて、外したって言ってくれて」
カナンの言を、やはりトラストは無視する。
「先陣を切らせる者に、十年前の流行品を持たせるとは、やはり、ブランカには金が無いな」
「そうだね。ブランカは、どこからの資金援助も受け付けないのは、ほんとだね」
リショウ内の独立運動組織は多かれ少なかれ、ガイアをはじめとして、どこかからの支援を受けている。
ブランカは、特殊だった。
「トラスト、あんたのことだ。ブランカの頭とも個人的に知り合いだったりしない?」
「否定はしない」
あっさりとトラストは、カナンの問いに頷いた。
「どんな奴?」
「酔っ払いだ」
「酒飲み?」
「いや。酒は一滴も飲まん。だが、革命という美酒に酔って、しらふに戻る時間を持たない」
「あんたが好きそうな人だね」
「私は、たいていの人間に好意を持っている。この世で私が嫌う人間は、唯一、ミラ・カナンのみだ」
「気が合うね。オレも、アミ・トラストだけが嫌い」
カナンとトラストは、顔を見合わせ、同時に嘆息した。
立ち直りは、カナンのほうが一瞬、早かった。
「その酔っ払いは、アイリを、どう扱う?」
「政治的な駆け引きの材料として、徹底的に利用する」
トラストは、即答した。
「じゃあ、駆け引きの間は、アイリの身は安全だね」
「安全かどうか」
トラストは、眉根を寄せた。
「サーラ、ああ、ブランカの首領の名だが、サーラは男色家で、黒髪黒瞳の綺麗な若い男が好みだ」
聞き終わるより先に走り出そうとしたカナンの襟首を、トラストは仔猫か何かのように掴まえた。
「走ったからといって、どうとなるものではない。サーラの個人的な趣味より、酔っ払いの血のほうが熱いことを祈願しておけ」
睨みつけてくるカナンに、トラストは優雅な笑みを返した。
「人間の質からすると、貴様よりはサーラに託したほうがアイリには幸福だと思うがな。アイリ自身がそうは望まないであろうから、アイリを奪還できる、より確実な方策に従え」
カナンは、身体から力を抜いた。
「やっぱり、オレ、あんたが嫌いだ」
八つ当たりのように言う。
トラストは、笑みを崩さないで、答えた。
「これだけは、嗜好が一致するな。わしゃ、ぬしがわしを嫌う数倍も、ぬしが嫌いじゃ」
「……三万一回目くらいになるけど、なんで、キースとあんたが仲がいいのか、ほんっとうに、わかんないよ」
カナンは呟いた。

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