仕事する男 4

カナンは消音器を外した。軽くなった分、さらに射撃は正確になる。
「1分?」
トラストに尋ねる。
「30秒」
短く答え、トラストは駆けた。
銃声が響く。
援護射撃はぴったり30秒だった。
「ふん。大口をたたくだけはある」
トラストは、唇の片端を上げる。
無駄弾を、カナンは撃たない。
トラストが狙う司令塔の役割を果たしている者を残し、後をきちんと戦闘不能に陥らせている。
指示を出していた男のこめかみに、トラストは銃口を当てた。
「このまま基地に案内を乞おう」
男は顔面を蒼白にしている。
「ま、まさか、こんなに早い動きが…」
「私にとっては普通のスピードだ。射撃手にとっても、これくらいは普通の芸当と呼ぶに差し支えあるまい。命と時間を惜しむに否やは無いだろう? 素直に基地まで連れていけ」
男は口を閉ざし、トラストを睨みつける。
「恐怖に対する訓練はされているようだな」
トラストは、静かに言う。
「オレがやる」
ゆっくりと近づいてきたカナンが、顔の左側に降りている銀髪を払った。
「この世界に生きて、訓練も受けてるんだ。この瞳の意味はわかるな?」
「邪眼のミラ!」
男は、気管が細くなったような音を喉から出した。
「おまえんとこの指導者は、こういうときにどうしろ、と教えてくれている? 自害か? あくまで攻撃か? この場合、攻撃は自害と一緒だが」
「……おまえらの要求に従う」
男は、歯の間から言葉を押し出すようにして、言った。
「よく出来ました。怪我人の救出も連絡しとけよ」
トラスト言うところの象でも倒せる銃を指の先で回してみせてから、懐にしまい、カナンは左眼をまた髪で隠した。
「さすが、自分の見せ方を心得ている」
トラストは小さく笑い、男を銃で突付いて立たせた。
「それ、ほめ言葉?」
むっとしたように、カナンはトラストを見る。
「そう取ってもらっても構わん。無理にでも楽観的思考を習慣とするのは成功の鍵になると主張する学者もいる」
無言で再びカナンは懐から銃を抜き、トラストは人質の男を盾にし、男は必要でない恐怖を味わわされた。

アイリは首に当たる冷たさを、恐ろしいとは思わなかった。
この男に殺意はない。
「たいしたものです。身震いひとつ、しませんか」
胴色の髪の男は、感嘆の声をあげた。
「あなたが好きになりそうですよ。ミイシ・アイリ」
「それは、ありがとうございます。私、最近、人生初のモテ期がきてるようです。同性限定で」
ふわり、と男は笑った。
「どうやら僕は出遅れたようですね。あなたを好きな人たちは、あなたを救い出すために、どういう作戦を立てているんでしょう?」
「さあ」
アイリは、真顔で首をかしげる。
「エイボン大佐のお考えになることは、常人には、わかりかねます」
「なるほど。常人にはわかりかねない思考の持ち主を、かしらに頂く苦労はお察ししますよ」
黒い瞳で、アイリは男を見つめる。
「そう、その瞳。ブランカを組織した、僕たちがブランカと呼んでいた男は、あなたと同じ、黒い髪と黒い瞳をしていました。あんまりその黒のイメージが強くて、逆にブランカ(白)という呼び名がついたんです」
「ブランカ…。男性なのにブランではなくて、女性名詞なんですか?」
男は、微笑む。
「はい。なぜか、ね。気がついたらブランカになっていました」
男は、すうっとアイリの首の皮を薄く辿ってから、ナイフをしまった。
血が一筋、流れる。
「組織としてのブランカの目的は、何者にも頼らないリショウの独立です。でも、僕の目的は、ブランカという男を返してもらうことなんです。あなたを返したら、エイボン大佐は、ガイアは、ブランカを返してくれますか?」
こどものような表情で、男はアイリの顔を覗きこむ。
「私には答えられません。はっきり言いますと、私は、ブランカという男の存在を、知らされていません」
アイリの首筋に滴る血を、男は舐めとった。
「鉄の味がする。一皮、むいたら、血の色は誰も同じで、同じ味なのに、なんでこんなに人と人は離れてしまうんでしょうね?」
アイリは答えなかった。
男も、回答を求めているようには見えなかった。
「ミイシ・アイリ。僕の目的のために、充分に利用させてもらいますよ」
整った顔立ちに、整いすぎて怖い印象を与える笑みを、男は浮かべた。

戻る  次へ