仕事する男 5

サーラは、緑の瞳をカナンとトラストに当てた。
「申し訳ありません! サーラさま」
銃とナイフとを両側からつきつけられた男が、決死の声をあげる。
「謝る必要はありません。それが、あなたの役目ですから。我が友アミ・トラストと、邪眼のミラをご案内してくることがね」
「サーラさま!」
男は、悲壮なまでの声をあげる。
サーラは、整った顔に何の表情も浮かべない。
「トラスト、ミラ殿、武器を下げていただけませんか」
カナンとトラストは、同時に、銃とナイフとを懐にしまった。
「キリ、下がっていてください。第一種戦闘配置のまま待機」
「サーラさま!!」
もう一度、キリと呼ばれた、人質にされてきた男は、銅色の髪、緑の瞳をした男の名を呼んだ。
「僕が、同じ命令を二回、出すのは嫌いだと知っていたはずですよね。キリ」
さらに何かを言おうとして、キリは唇を噛み、一礼して、出て行った。
部屋には、サーラ、カナン、トラストのみが残された。
キリの姿が消えるなり、サーラはトラストを見て、言った。
「ブランカを返してください」
「我らはブランカの情報は持たない」
どこか悲しむような表情を茶色の目に浮かべながら、トラストは答えた。
優雅に、サーラは吐息する。
「では、ミイシ・アイリは返せません」
「貴様! アイリを、アイリをどうした!」
サーラにくってかかろうとしたカナンを、トラストは右手で押さえた。
「落ち着け。おそらく、サーラは何もしてはおらん」
「はい。ほんの一筋、傷をつけただけですよ」
その動きを予測していたので、トラストはカナンの手から銃をたたきおとすことが出来た。
「だから、落ち着け、ちゅうとろうが。政治の絡んだ駆け引きくらい、キースから習うとろうが」
低い声で叱りつけられ、カナンは表情を消す。
サーラは笑った。
「僕は、好きな人のために我をなくす人が好きですよ。ミラ殿、あなたはミイシ・アイリと深い関係にあるんですね」
カナンは無表情を保った。
「もう一度、言う。サーラ、我らは、ガイアは、ブランカの身柄を捕捉してもいなければ、情報も入手に至っていない。金銭、或いは物品の援助で、アイリを返還してはもらえまいか」
トラストが、情に訴えかけるように言った。
サーラは、こめかみに人差し指を一本、当てた。
「ブランカ本人ならあなたたちと手を結ぶでしょうね。リショウ独立のためにはどうしても資金が要る。ガイア、というより、アミ・トラスト、エイボン大佐と結託するほうが、最善ではないにしろ、良策だ。けれどねえ、知ってますよね。トラスト。僕は、リショウ独立なんか、どうでもいいんです。ブランカを返してほしいんです。そのためには、どうしたら、いいでしょう? あなたたちガイアがブランカを知らないと言うのなら、ユ・コのほうだ。ユ・コにミイシ・アイリを差し出すしかないですね」
「ブランカの夢はおまえの夢じゃろうが! サーラ!」
トラストは声を荒げた。
「今のユーア・コラルカのトップはエランジュ首相、あの独裁者のやり口はぬしも知っちょろう。ブランカの望んだ、リショウ人によるリショウ人のための独立と自治、それはユ・コと繋がっちょる限り、絶対にかなわん! ブランカの夢を、ぬしが潰すちゅうんか、サーラ!」
「痛いところをつく。さすが、リショウを知り尽くした男、アミ・トラスト」
サーラは指をおろした。
「オレは、あんたたちの組織のことを知らされていない」
静かに、カナンが口をはさんだ。
「あんたのことはトラストにきいたし、ブランカて奴、オレは全く知らない」
「エイボン大佐は、よほどあなたが可愛いようだ。知らせていないのは、過保護な愛情ですね」
「過保護な愛情じゃ言葉が足りん。溺愛でも足りんくらいじゃ」
ぼそりとトラストが言う。
トラストを一回、睨んで、カナンはサーラを真正面から見る。
「だから、これから探る。そうして、あんたにブランカを返す。オレが連れてきてやる。だから、アイリをオレに返してくれ」
サーラは、じっとカナンの目を見つめ返した。
「邪眼を、拝ませてもらえますか?」
「ああ。邪眼でもなんでもないよ。傷がついて見えなくなっただけだ」
驚いた顔をしているトラストの横目に、なんでもないように言い、カナンは前髪を払った。
右の紫。左の金色。
その左眼を拝んだ者は、決して生きて還れないという伝説を持つ、邪眼。
邪眼のミラ。
「ありがとうございます」
サーラはきれいに笑った。
「あなたのこと、とても好きだな。ミラ・カナン。ミイシ・アイリはお返しします」
コンソールを動かし、サーラは、ミイシ・アイリを部屋に連行するように命じた。

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