金色、銀色

ミナトは、唐突にサクモの上にのしかかり、肩を押さえた。
素早く、薄い、皮膜のような結界を張ることも忘れない。
「どうしたんですか」
サクモは、蒼い瞳を驚きに見開く。
「あなたが、女のことを考えているから」
ミナトは、低い声で言う。
「カカシの母親のことです。あなたと出会う前に、彼女はもう」
「それでも。だから。腹が立つんです」
ミナトは、サクモの夜着をはぎ、白い肩に口付ける。
「亡くなった人には、生きている者は、かないません」
夜闇に、青い瞳を、ミナトは輝かせる。
「私には、あなただけです。この言葉では、足りませんか」
サクモは覆いかぶさるミナトの背に、腕を回す。
ミナトもサクモを強く、抱く。
「足りません。……二週間振りですからね。覚悟してください」
「意味が違ってきていませんか」
「違っていませんよ」
ミナトは、少し身を浮かせて、自分の夜着も解く。
互いに一糸と纏わない身体になって、ミナトは、サクモを抱きしめる。
敷布に広がる、サクモの銀髪。
ゆっくりと閉じられる瞳。
その皮膚は白く、滑らかで、戦闘用の筋肉を覆っている。
夜目のきく忍の目に、眩しいほどの、サクモの裸身。
「綺麗ですね。二週間前より、もっと綺麗だ。別の意味で、あなたの身を案じることが増えます」
サクモは、おかしそうに笑う。
「そんなことを言うのは、あなただけです。私は、子を持つ父親ですよ」
ミナトは嘆息する。
サクモは、己の美貌を知らない。
不思議なほど、自分に寄せられる好意や欲望に鈍感だ。
時に、敵までも魅了してしまうのは、その白光刀を操る強さだけではないのに。
しなやかな身体。
冷たいほどに整った顔。
年上の、美しいひと。
ミナトが生まれてきていない時間を、先に生きているひと。
カカシを、この世に産みだしてくれたことは感謝する。
だが、サクモの心から永遠に去ることがなくなった女と、その先に生きた時間が出会わせてしまった。
ミナトの若さ、稚さは、サクモとカカシとを完全に守らせてはくれない。
悔しくてならない。
「言葉だけでなくて、身体で教えてもらわなくては。おれだけだということを」
ミナトは囁くように言い、サクモに接吻する。
抱きしめて、口付けて。
唇を重ね、息を吸い、舌をもぐりこませる。
熱い口腔。
サクモの唇。サクモの舌。
「んっ」
角度を変えるたびに、サクモは、甘い息を吐く。
ミナトは唇をずらし、サクモの項に歯を立てる。
体温が上り、刺激された動脈から、サクモの匂いが立ちのぼってくる。
剣をふるうことしか、知らないような。
人間の本能などとは無縁のような。
そんな顔をして、こんなにも淫らに男を誘う。
サクモが首を揺らすたび、銀の髪が、それ自体が意志を持った生き物のように蠢く。
薄い桜色をしたサクモの乳首を、ミナトは噛む。
「う、うんっ」
小さく、サクモが身体を反らす。
もう一方の乳首を、ミナトは指でこねる。
つまみ、ひねるようにして、刺激を与える。
「は、あ」
サクモが熱い息を吐く。
「痛みますか?」
サクモの乳首を唾液で濡らし、冷静な声でミナトは問う。
「い、いえ」
サクモは否定の意を告げる。
「では、感じてるんですね。サクモさんは、ここを弄られるのが好きだから」
違う、と言おうとして、言えなかったのだろう。
サクモの頬が、朱に染まる。
「いやらしい、感じやすい身体ですね。ん、ほんとうに、離れている間、誰にも触らせなかったんですか」
ミナトは、膨張を始めているサクモの雄を手に取り、普段と変わらない、優しい声音で問う。
「あなた、だけ、です。他には、誰も!」
サクモの瞳が潤んでいる。
ミナトは銀の男に、そっとキスを与える。
「では、寂しかったでしょう。いっぱい、慰めてあげないとね」
ミナトは、悔しくてならない。
自分ばかりが、この綺麗すぎる、年上の男を恋うていると感じることが。
だから、わざと、嬲るような言葉を吐く。
愛撫を、乱暴にする。
「んん、んっ」
無意識のうちに、サクモは身をよじらせて、ミナトから逃れようとする。
その動きを封じて、ミナトは、サクモの雄を口に含む。
同性である証。
本来、身を重ねあう性同士ではない印。
それを、ゆっくりと育てあげる。
「い、けま、せん。はな、して」
いつでも、サクモは、この行為を拒否する。
何度、繰り返しても、慣れることがない。
それなのに欲望は、ミナトの口の中で、素直に形作られていく。
サクモが、手を伸ばして、ミナトの雄をとらえようとした。
その、たどたどしい動きもまた、ミナトは許さない。
サクモを、快感だけに酔わせる。
そして、それが出来るのは、自分だけなのだということを、思い知らせる。
「あっ」
実際、任務中に吐き出すことは無かったのだろう。
あっさりと、サクモは、ミナトの口中に射精した。
苦く淫らな液体を、ミナトは、ことさらに時間をかけて嚥下する。
ミナトの喉仏が上下するのを、サクモは、ぼんやりと見ていた。
濡れた唇の両角を、ミナトは、釣りあげる。
「確かに、ここには誰も、触れていなかったようですね。いつもより、ずっと濃い」
サクモは、白い頬を紅潮させた。
「あなたは、いつもより、ずっと意地悪です。私が、そんなことをするはずがないことを、あなたがいちばん、知っているでしょう」
「心外ですね。おれほど優しい男は里じゅう、いや、火の国じゅう、探しても、いませんよ」
ミナトは、優しい笑みを浮かべて嘯く。
「悪い男の間違いでしょう。あなたほど、悪くて魅力的な男は、どこにもいませんよ」
揶揄するふうでもなく、真面目な表情でサクモは言い、ミナトの男根に唇をつけようとした。
それを、ミナトは制す。
「若僧を、あおらないでください」
既に、ミナトの性器は、はちきれそうに勃起していた。
すぐにもサクモを貫きたいのをこらえ、白い裸身を敷布に横たえる。
両足をかかえるようにして上げ、サクモの最奥に、指をやる。
サクモが息をのんだ。
充分にほぐすまで、保ちそうになかった。
ミナトは、傷薬のチューブを取りだし、手際よく、塗りつける。
気ばかりが急いている。
雄が脈打つ。
「すみません。辛くさせてしまいそうです」
詫びるのが、やっとだった。
ミナトは、己をサクモに打ち込む。
「あ、ああ、あっ」
かみ殺そうとして、殺しきれない悲鳴が、サクモの口から漏れる。
サクモの快楽を導く余裕は、ミナトにはなかった。
熱く、締めつけられ、性器がとろけそうな感覚になる。
「サクモさん、サクモさん」
名を呼び、腰を使う。
サクモの銀髪が揺れる。
整った顔は、苦痛と、官能と、両方とで歪む。
「こっちですよ」
敷布を握りしめようとしているサクモの手を取り、自分の背中に回させる。
サクモが、ミナトの名を呼んで、背に爪を立てる。
ミナトは、目を閉じて、波をやりすごす。
「言ったでしょう。あおらないでください。これ以上、おれに恥をかかせないでください」
もっと、もっと。
サクモの中を、自分で充ちさせたい。
早く、早く。
サクモの中に、注ぎこみたい。
双方がせめぎ合う。
「あん、ん、ああ」
ひときわ甘く、サクモが喘いで、ミナトの名を呼んだ。
強烈な射精感に、ミナトは身を任せた。
「く」
精液の放出は、とどまるところを知らない。
飢えていた。
こんなにも、サクモに飢えていた。
ミナトは、己の身体を知る。
サクモは身を弛緩させ、息を吐く。
ミナトは白銀の髪に指をいれ、梳く。
指の間を流れる、銀の糸。
「がっついてしまいましたね。すみません」
そっと、サクモの頬に口付ける。
「今日のあなたは、意地悪でした」
幼いこどものように、サクモは、軽く口を尖らせる。
ミナトは、サクモの胸をゆるく触る。
「だから、がっついてたんですよ。ん、二週間も寂しくさせられていたんですから」
サクモは、ミナトの手から逃げようとするように、身をよじる。
「寂しかったのは、私のほうです。あなたもカカシもいない場所に、二週間もいたんです」
「そうですね。それは、寂しい。……今度は、優しくしますから」
宣言どおり、ミナトは、羽が触れるような愛撫を施す。
サクモのほうが、じれったさに身悶えるほどに。
柔らかく。優しく。時間をかけて。
「は。あ、はあっ。もう」
サクモは、かすれた声をあげる。
「もう? 何です?」
ミナトは、サクモの耳たぶを噛み、指を舐め、腰の線をゆるく刺激しながら、優美に微笑む。
「ねが、い、ですか、らっ」
「ですから、何が、お願いなんですか?」
どうしても、サクモの口から言わせたかった。
サクモから求めて欲しかった。
「優しくするって、言った、のに……」
サクモは、水分の多い瞳で、ミナトを睨む。
「優しいですよ? 木の葉一、火の国一、優しいです」
ひどく幼いサクモの表情が、やっとミナトを安堵させる。
年上の、手の届かない男ではなく、可愛い、自分だけの恋人だと思わせてくれる。
サクモは、少し舌足らずな口調で、ミナトの名を呼んだ。
両腕を、ミナトの背に巻きつけて抱きしめ、耳元に告げる。
サクモにとっては、羞恥に身が焼ける心地であろう言葉による、願いを。
「ん、愛してます。サクモさん」
ミナトは、うっとりとした幸福感を味わいながら、サクモの内に二度目の挿入を行う。
最初のときのように、やみくもに突きはしない。
サクモの良い所をさがし、じっくりと中を味わう。
奥も、一度目の挿入とミナトの残した液でうるおっていて、ミナトに痛みを覚えさせるほどには、締めつけてこない。
「あ、んんっ、あん」
サクモも、快感に身を任せる。
器官が刺激される快感だけではなく。
繋がっている。
一つになっているという、強い喜びによる、快楽。
それを現す語を、ミナトはサクモに向かって、音にする。
「サクモさん、愛しています。あなただけを、愛しています」
「私、も、あいし、て、います」
喘ぎながら、サクモが言う。
深く、ミナトは、サクモをえぐった。
「あっ」
サクモは、背を反らせる。
ほぼ同時に、二人は放った。

肌を寄せ合って、無言でいる。
この時間が、ミナトは好きだった。
愛しさが身を包み、汗となって滑りおち、また包む。
「サクモさん、寝てしまわないでください。風呂に入らなきゃ」
「いや。このまま寝かせてください」
ミナトの胸にいだかれて、ぐずる姿は、そのままカカシが大きくなっただけのようだった。
「ん、カカシだったら、風呂場に連れていくのも、簡単なんですけどね」
「じゃあ、カカシを連れていってください」
拗ねたように言って、サクモは、なおのことミナトに擦り寄る。こうした甘えは、情事の後にだけ、つかのまに見せられる。
このサクモも、ミナトには、愛しくてならないものだった。
「しょうがないですね。大きなカカシくんを、抱っこして連れていかなきゃいけないかな」
笑いながら、ミナトがサクモを抱きあげようとしたとき、結界が震えた。
ミナトとサクモは、同時に、同じ方向を見る。
カカシが泣いていた。
「父さん? 先生? いないの?」
慌てて結界を解き、ミナトはカカシを抱きあげる。
「ごめんね、カカシ。びっくりさせたね。おれもサクモさんも、いるよ」
「先生!」
カカシは、ミナトの裸の胸で泣きじゃくる。
「大丈夫だよ、いるからね」
長い指で、ミナトはカカシの髪を梳く。
しばらくの間を置いて、しゃっくりを残しながら、カカシが泣きやんだ。
きょとん、とした目で、ミナトを見、寝具に横たわったままの父を見る。
「裸んぼで、寒くないの? 風邪、引いちゃうよ」
サクモが顔を真っ赤にさせたのを、ミナトは目の端にとらえながら、落ち着いて答える。
「これから、お風呂に入ろうと思ってたんだよ。カカシくんも、入る?」
カカシは、ますます、きょとんとしている。
「寝る前に入ったよ」
「そうか。じゃあ、もう寝なさい」
ミナトは、慣れた手つきで、カカシを布団に寝かせる。
半分、夢の中にいたようなカカシは、すぐに寝入った。
規則正しく上下するカカシの胸元を確かめて、ミナトは、サクモに向かって苦笑する。
「カカシくんに嘘をついては、いけませんからね。風呂に入りましょう」
「……先に、行ってください」
サクモは、四肢を動かすことも覚束ないようだった。
「一緒に行きましょう。さっきも、一緒にいったでしょう?」
「な、なにを」
さらりと言うミナトを、サクモは赤い顔のまま睨む。
軽々と、ミナトはサクモを横抱きにした。
咄嗟に、サクモは、ミナトの首に抱きつく。
ミナトは、眉根を寄せた。
「痩せましたね? チャクラを練りこまなくても、力だけで運べそうです」
「痩せてなんか、いません。あなたが、ご自分こそ細いくせに、力がありすぎるんです」
必死になって言い募るところを見ると、任務中、ろくに食べていなかったらしい。
ミナトは判断して、嘆息する。
いつも、いつでも、自分のことは、いちばん後回しで。
仲間を、人を庇って。
文句も、愚痴も言わず、過酷な任務を淡々とこなして。
そんな人だから、ミナトは、焦燥と苛立ちを感じずにはいられないのだ。
誰もが、サクモに守られている。
誰も、サクモを守ろうなどと、考えない。
自分しか、サクモを守れない。
だが、自分はサクモを守りきるには、非力すぎる。
いっそのこと。
サクモが、当然のことのように、呼称するように。
さっさと四代目火影になってしまおうか。
ミナトは、火影になるのだということを、疑ったことはない。
時期が、いつであるか、だけだ。
ついでに、自分が美しいと言われる容姿であることも自覚している。
その容姿と、若さが疎ましい。
今、自分が火影になどなったら、里人の心は乱れるだけだ。
まだ、早い。
時機を見定めるのは、三代目だ。
「サクモさん、自分で自分を大事にしてください。ありとあらゆる意味で、里のことを思うなら」
結果的に、ミナトが発した言葉を、サクモはどこまで汲み取ったのか、擽ったそうな笑みを浮かべて、はい、と頷いた。

翌朝、カカシは、三人でお風呂に入る夢を見た、と報告した。
サクモが、赤い顔で俯いているのを、聡いカカシは見逃さない。
「父さん、お熱があるの? 裸んぼで寝ちゃった?」
他意などない、幼児の言に、ますますサクモは赤くなる。
「お熱があるんじゃないよ。お熱なんだよ」
爽やかな笑顔で、ミナトは言う。
カカシが意味を問おうとするのを、サクモはミナトの名を呼んで、制する。
「ん、任務で、サクモさんは疲れているんだよ。カカシの夢のとおり、三人でお風呂に入ろうか」
するり、とミナトは、カカシの興味を移す。
「ほんと? みんなで入れる、おっきなお風呂?」
カカシは、目を輝かせて、ミナトにまとわりつく。
「そうだよ。自来也先生が大好きな温泉。みんなで行こう。サクモさんが休みの間に」
「温泉! 約束だよ!」
すっかりはしゃいでいるカカシに、サクモは困ったような顔をした。
「いいじゃないですか。行きましょう。これから、すぐにでも」
ミナトは、おっとりと笑む。
「けれど、あなたの任務が」
やむをえない場合をのぞき、サクモとミナトには、かわるがわるに高ランクの任務が入る。
上層部も、なるべくカカシが独りになることがないように、配慮してくれている。
白い牙が帰還したからには、黄色い閃光を欲する任務が、すぐにも待ち受けているだろう。
「ん、一日くらい、なんとかなりますよ」
ミナトは、笑みを崩さない。
老獪な三代目と渡りあうだけの材料を、ミナトは常に有している。
それを察したのか、サクモは嘆息して、同意した。
ミナトは、サクモに耳打ちする。
「カカシくんに、訂正したほうがいいでしょうか。あなたがお熱でなくて、おれがあなたにお熱なんだってこと。それは、どんなに優れた効能の温泉でも、治せない病の熱だということも」
「訂正する必要はないです」
サクモは、真面目な顔で答えた。
「私のほうが、というのが事実です」
可愛くてたまらない、年上の恋人の白い頬に、ミナトはキスをした。
そして、彼とそっくりな白銀の子を抱きあげ、その柔らかな頬にも、唇を寄せた。
初夏に変わろうとする風が、優しく吹いていた。

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