金髪の少年 14

直接的な映像として、触れ合った肌から、髪を撫でる手から、サクモの孤独が青年に伝わってくる。
孤独を、孤独と知らなかったほどの、孤独。
それを孤独とサクモが知ったのは、カカシを得て、木の葉の里に来てからだ。
それもまた金髪の青年は、自分の記憶のように見ることができた。
何も見返りを求めることはなく、ただサクモの手を欲する、小さなカカシ、金髪の少年。
忍者として任務に出るようになってからも、驚いた。
首尾を尋ねるより先に、サクモの安否を案じる。
冷酷で腹が読めないと噂される大蛇丸でさえ、そうであった。
斥候を取り逃がしたサクモに、まず「怪我は?」と問う。
仲間というものを知った。
これが仲間というものなら、仙山に仲間などいなかった。
一度、知ってしまってから、元に戻るのは耐えられなかった。
仲間を失うことは、耐えられない。
それが孤独と知ってからの、孤独には耐えられない。
サクモは、仲間を守ることに腐心するようになった。
自身の能力以上に、不安なのはカカシの存在だった。
皇家と巫女姫の血を継ぐ、カカシ。
氷河の国で最も忌まわしいとされる力、人の心を読み、心で語る能力をカカシが有していることを、カカシが生まれたときから、サクモは承知していた。
それだけは、隠さなければならない。
火の国、木の葉の里で、そうした能力者がどのように扱われるのかはわからない。
わからないが、歓迎されないことは確かであろう。
軍事的に利用されるかもしれない。
だから、なるべく、サクモはカカシを他人に接触させなかった。
自分が抱いている限り、壁になることが出来る。
幸いだったと言えるのか、サクモとカカシの周囲にいるのは、金髪の少年を始め、三代目や相談役、三忍といった、知能が高く心が読めるといってもはばかりがないくらいに、頭がいい者ばかりであったから、カカシの能力は目立たなかった。
カカシが成長してくると、心を読んではいけない、心で話しかけてはいけない、と繰り返し教え込んだ。
上手くいくと思っていたのだ。
安心していたのだ。
うみの、というアカデミーの先生と出会うまで。
サクモが今まで出会ってきた人間とは全く違う、恐るべき凡夫と出会うまで。
彼は、突出した天与の才能を発揮させてはいなかった。
誰もが持つ人の力から、忍者として、アカデミー講師として相応しいものを選び、それを生かしているに過ぎない。
優しく、暖かな心を、つくろうこともしない。
幼くして忍にならなけれいけないカカシを案じ、全力を尽くすことを自らに誓っていることを、隠しもしない。
こわい、とサクモは思った。
この人は、違う。
それは、カカシも感じたようで、初めて、カカシは人見知りをした。
同席していた金髪の少年が、違和感を持ったようだったが、サクモは悩みながらも、カカシの力を少年に告げなかった。
アカデミーという空間に、限られた時間だけ居るのだから、と。
まさか、うみのがカカシを自宅に引き取り、自分のこどもと接触させるなどと、サクモは考えもしなかったのだ。
カカシがイルカという赤ん坊に夢中になるなど、考えてみもしなかったのだ。
「私は……。私には、人の心というものが欠けているのでしょう。人の心がわからない。あなたが仰るとおりです。カカシの感情さえ、慮れなかった。あんな赤ん坊の心に、カカシが力を持って心に直接、話しかけたら、あの子は自我を確立することなく、精神を駄目にしてしまう!」
珍しく激したサクモの肩を、青年はそっと抱いた。
サクモは、縋りつくように、青年の背を抱きしめる。
「カカシは処分されるのでしょうか。いえ、処分されなければならないのでしょう。ですが、そんなことになったら、あなたも! あなたの命まで奪うことになります。どうしたら、どうしたらいいのでしょうか」
サクモの言葉が震える。
青年の胸に顔を押し当て、必死で感情を殺している様子だ。
弾き返す者。
その語に激した己を、青年は自嘲する。
触れられたくなかったから、拒否したに過ぎない。
好意や愛情を、どう表現していいかわからないから、命令や道具といった馴染んだ言葉を用いているに過ぎない。
豊かな感情を持て余した不器用なひと。
それが、はたけサクモだ。
「カカシくんを処分なんてさせません」
サクモの背を撫でながら、青年は凛と言い放った。
「もちろん、自分の命も惜しいですしね。考えます。最善の策を」
「……はい」
サクモの身体から、強張りが消えた。
顔を上げた蒼い瞳には、いつもの青年を信頼しきった光しか無かった。
欲しいのは、恋に揺れる熱い瞳なのだけれど。
金髪の青年は、苦く笑う。
確かに、巫女姫に対する想いも、信頼と敬愛と忠誠、サクモが語る以上でも以下でも無かったのだろう。
今、青年に捧げる全部、と。
この不器用すぎるひとに、恋という感情を持ってもらうには、どうしたらいいのか。
青年は、そこで思考を止める。
まず、考えるべきは、そこではない。
「とにかく、カカシをイルカくんに近づけていけない、というのは決まりですね」
「はい」
サクモは、沈痛な面持ちで頷く。
青年も、重い感情にとらわれた。
命の限りをもって、カカシを求める心。
イルカの念を受け取った身には、生木を引き裂くような残酷な処置に思えたのだ。
「とりあえず、寝みましょう。ああ、片付けは、明日、おれが自分でしますから」
青年は、常の穏かさに戻り、言う。
怒りにまかせてぐい呑みを叩きつけ、その残骸が散らばっているのを目にすることが、恥ずかしい。
「指を切らないようにしてください」
サクモは言って、青年の手を一度、さすった。
人の気も知らないで。
自分がどんな努力によって雄の欲望を押さえつけているか、同じ男でありながらサクモには全くわからないであろうことを、青年は嘆息した。

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