金髪の少年 15

翌日、金髪の青年は朝早くから出掛けた。
資料と記録を漁る。
まず確認したのは、氷河の国の、最後の皇帝だ。
在位期間は短い。
処刑されるために位についたようなものだ。
優秀な木の葉の諜報班は、彼の肖像写真も手に入れていた。
髪の色と眼の色は違うが、サクモに似ていた。
兄弟といっても通じるくらいに。
おそらく。
青年は、サクモの語った内容を思い起こしつつ、推測する。
サクモも皇家にかなり近い生まれなのだろう。
氷河の国で最も忌むべき、とされる力を発見されたために、仙山に送られたのだ。
巫女姫、仙山の資料はさすがに無い。
だが、巫女姫というのも、皇家に近いのかもしれない。
宗教上、政治上の最高権力者が、ひとつ血筋に結集されていくのは、よくある話だ。
そして、遺伝子が、らせんを辿った末に、サクモに生き写しのカカシの外見を与えた。
青年は、ひとつ息を吐く。
次に、うみのの資料を再び精査した。
大蛇丸が青年に語った言葉は、すべて真実であると青年は判断していた。
殉職者の中に、イルカの血液上の父らしき者を発見する。
その男は、うみのと幼馴染で、遠縁に当たっていて、これも、不意にうみのの形質にそっくりな子が誕生しても、不思議ではないと思われた。
血の繋がらない父に瓜二つの息子たちが、互いにひかれあう。
それは、皮肉なことのようにも思えたし、人間にはわからない当然のようにも思えた。
青年は、資料を元に戻し、三代目のもとに向かう。
言葉と事柄を選んで、報告しなくては。
カカシとサクモに、何の咎も及ばないように。
うみのとその妻、イルカとが、生活を脅かされないように。
結果、カカシの出自、カカシの秘められていた能力を、事務的に奏上するに至った。
「諸刃の剣か。氷河の国と火の国は距離が離れておって、今すぐ戦争も友好もないところが、幸いじゃの」
三代目は、顔を右手でひと撫でし、すぐに青年の意を汲んだ。
「これは、木の葉の里機密事項として、火の国大名には伏せておく。くれぐれも、カカシの出生が明らかになることがないように。それと、カカシをなるべく早く下忍にさせろ」
「どういうことですか?」
青年は、眉を潜める。
「木を隠すには森、と言う。カカシの能力は、戦闘に役立つであろう。任務、戦闘をしておれば、天才忍者と賞賛されることはあっても、不思議な力を持っていると疑う者もあるまい」
「確かに」
青年は納得せざるをえない。
サクモが言うように、サクモと青年とがいる傍なら、戦場のほうがカカシには安心なのだ。
そして、カカシの力は、戦争に非常に役に立つ。
利用されないためには、人心に翻弄されないためには、戦場に出るしかない。
皮肉なことだ、と、青年はまた思った。
「おぬし、わざと言っておらんな? カカシに、イルカと接してはならんと、ワシから通達を出さねばならんのではないか」
青年が言っていないことを、三代目は突いてきた。
青年は微笑する。
「三代目が統べられる里にあって、心が読めるなんて、普通のことのようですね。そこまでは必要ないでしょう。カカシくんがアカデミーを卒業すれば、接触の機会はありません。カカシには、私とサクモさんから、よく言い聞かせます」
「うむ」
三代目は頷いた。
頷いた後、遠くを見る目をする。
「酷な話よの。こども同士が仲良うすることも、自由にさせてやれんとはの」
「はい。酷な話です」
単にこども同士というのではない。
求めて求めてやまない存在同士を引き裂くのだ。

ひとつにまとめた、カカシの着替えや荷物を青年に手渡しながら、うみのは困惑したような表情を消せないでいた。
「やはり、出すぎた真似でしたでしょうか。カカシくんを、うちに連れてくるなど」
「いえ」
鮮やかに、青年は笑ってみせた。
「感謝しています。あんなに喜んでいるカカシは、初めて見ました。サクモさんも、本来なら伺ってお礼を言うべきところ、早急の任務が入って失礼することを、詫びていました。ありがとうございます。うみの先生」
眩しいものに照らされたように、うみのは目を眇めた。
「そうですか。サクモさんは、もう、任務なのですか」
うみのが呟いた言葉が、青年がずっと感じていた引っ掛かりを、確かな形にした。
「カカシくんに、卒業試験を受けさせてください。早く忍者登録させたいと、これは火影様のご意向です」
笑顔は崩さないまま、金髪の青年は、高圧的とも取れる口調で言う。
うみのは、弾かれたように顔をあげた。
「カカシくんは、まだ四つですよ!」
「すぐに五歳になります」
カカシの幼さを案じていたのは自分だったのだが。
青年は、ほろ苦く思う。
「カカシには、充分な実力があるはずですが」
「それは。その通りですが。しかし、心の成長が」
そう、心なのだ。
青年は、やるせない煩悶にかられる。
だが、それを、うみのにぶつけるわけには、いかない。
「どうか、イルカくんをよく見てあげていてください。もし、何かあったら、すぐに知らせてください」
「どうしうことです?」
うみのは怪訝そうに、青年を見る。
「詳しくは申せません。詮索もご無用に願います。結論だけを言います。カカシくんとイルカくんを、決して接触させないでくさい。ん、カカシくんには言い聞かせますので、そういう事態にはならないはずですが」
うみのは驚いたような表情のあと、悲しい笑みになった。
「イルカは、すごくカカシくんに懐いていて、私や妻よりもカカシくんが好きな様子でした。カカシくんも、それは、イルカを可愛がってくれて。それを、もう会わせてはいけないと仰る?」
「はい」
青年は揺るがない視線をうみのに当てる。
己が、無粋に人を引き裂く役目をするなど、思ってもみなかった。
だが、全てを守るためには、こうするしかない。
「すみません。そんな気はしてたんです。私などが、気安く抱いてはいけない子だと、カカシくんのことは、わかっていたんです。けれど、夢見ちまって」
うみのは悲しい笑みのまま、俯く。
「夢見ちまったんです。カカシくんを通じて、父親同士として、父と教師として、サクモさんと話ができるかもしれない、と。馬鹿ですね。あのひとは木の葉の白い牙だってのに」
はっきりとした形になったものに、名が与えらえた。
うみのの黒い瞳に、切ない言葉に、その名が散りばめられる。
青年が、自分を見つめるサクモの瞳にそれが浮かぶことを切願するもの。
恋。
ただ、ひたすらに相手を恋う。
この男も、不器用だ。
きっと、自分で自分の恋心になど、気付いていないだろう。
気付いていないからこそ、純粋で。
ひたむきな。
青年は、無言でいた。
何も、言葉を返すことができない。
うみのは、はっとしたように、表情を取り繕った。
「すみません。戯言はお忘れください。委細承知いたしました。火影様にも諾とお伝えください」
「ありがとうございます」
苦かった。
青年は、酷い任務のあとよりも、苦い思いを噛みしめていた。
今日は非番の母親に抱かれているという、赤ん坊のイルカの青年を非難する泣き声が、直接、胸に響いてくるような錯覚さえ、した。

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