金髪の少年 16

玄関口で迎えてくれたカカシに、青年がうみの宅から持ち帰った荷物を渡すと、こどもはそれを固くかかえ、唇を噛みしめた。
「アカデミーの卒業試験を受けることになったから、頑張ってね」
それだけを、青年は言う。
カカシは、小さく首を縦に振った。
「父さまとも約束した。今度は、オレも戦場に行く」
イルカの名は出さなかった。
だが、荷から残り香をさがそうとするかのように、匂いを嗅ぐ。
「ん、カカシくん、おれの心が読めるね? わかるね?」
カカシは、はっとしたように顔を上げ、また頷いた。
「わかってる。イルカの心を、オレは殺してしまう。だから、もう、会いにいかない」
たまらなくなって、青年は荷ごと、カカシを抱きしめた。
苦い想いを噛みしめてはいるが、己はサクモやカカシと引き裂かれたわけではない。
もし、サクモと、カカシと会うことすらかなわないとなったなら、自分はこんなにも素直に受諾できるだろうか。
諦められるのだろうか。
青年の想いが流れ込んだのか。
カカシは、くすん、と鼻を鳴らした。
そのまま、号泣した。

帰宅したサクモと共に、カカシを宥め、泣き寝入りに寝かせつけるしかなかった。
涙のあとを残したまま眠るカカシの頬を親指でぬぐい、青年はカカシの荷物を整理した。
着替えも柔らかく清潔に洗濯してあり、うみのと、その妻がカカシを大事に扱ってくれていたのがわかる。
うみのの恋。
それに思い至り、青年はちくりとした胸の痛みを覚える。
サクモはもちろん、うみの本人も知らないであろう想い。
ふと血臭がして、青年は立ち上がった。
サクモが、昨夜、青年が壊した欠片を拾い集めている。
「おれがやります、と言ったのに。あなたが指を切って、どうするんです」
青年は、サクモの白く長い指を取り、口に含む。
口腔に鉄の味が広がった。
サクモの、血の味。
ゆっくりと、青年はサクモの指をねぶる。
サクモが、小さく息を吐いた。
その吐息が、青年の下半身を熱くさせる。
青年は、慌てて指を口から離した。
ライフジャケットから傷テープを出し、素早く処置する。
「すみません」
サクモが小さく言う。
「あなたは不思議な人ですよ。器用で、なんでも出来るのに、時々、ほんとうに不器用だ」
青年は、わざとのように明るく笑う。
任務においても、家事をしていても。
何をやらせても手際のいい男なのだ。
それなのに、浮世離れした印象がついて回り、時に、こどもみたいなしくじりをする。
「気を、抜いているつもりはないんです」
サクモは、叱られたこどものような声音になる。
「わかってますよ」
言いながら、青年はチャクラを集め、掌に欠片を吸引する。
そして、火遁で焼くほどではないと判断し、ひとつにまとめてゴミにした。
「あなたは、なんでも出来て、判断にも決して間違いがないですね」
いつものように信頼しきったような声だった。
「取り繕うのが上手いだけですよ」
吐いて捨てるように、青年は言った。
抱きたい。サクモを抱きたい。
情欲の波が、また押し寄せてくる。
サクモに直接、伝わるのだとわかっていても、止められない。
「今日の任務は、捕虜の処遇決定でした」
静かに、サクモが語を発する。
「承知しています」
帰還して、昨日の今日だが、まだまだ戦後処理に駆け回らねばならない。
今日一日、青年が自由時間を取れたのは、無理を通して道理をひっこめた結果だ。
その分、サクモに負担をかけたことになる。
「私たちの失策です。あの、特に口の固い忍がいたでしょう? 彼は自害しました」
「え? 武器もとりあげて、チャクラも封じていたのに?」
サクモは泣いているような、笑っているような顔をした。
「失策です。ある言葉を口にすると、心臓が止まるようになっていたんです」
「そんな術を?」
「はい。故郷から引き離されるくらいなら、死んだほうがいい。そう言った途端、心臓が停止しました。……術の研究は、引き続き暗部が行っています」
サクモが、青年の胸に身を預けてきた。
青年は、その身を腕に抱く。
引き離されるくらいなら、死んだほうがいい。
なんと残酷で、優しいキーワード。
なんと残酷で、優しい術。
「引き離されるくらいなら、死んだほうがいい」
サクモが呟いた。
その甘さに、青年も引きずられそうになる。
だが、強くその肩を抱いて、青年は言った。
「いけません。生きていたなら、奪回の方法も、何かがある。死ぬのはいけません。そんな術は非道で邪道だ」
「……そうですね」
サクモは、青年の胸に身を凭れかけさせたまま、目を閉じた。

戻る 次へ