金髪の少年 17

後になって、それが大きな分岐点であったと、金髪の青年は苦く思い起こすことになる。
もし、そのままサクモと抱き合っていたなら。
不器用な男を、肉体から陥落させていたなら。
あるいは、サクモの崩壊を防ぐことが出来たかもしれない。
あるいは、という仮定でしかないが。
だが、そのときの青年には、サクモに、自分から恋うてほしいという熱望しかなかった。
心が欲しかった。
若さゆえの潔癖さで、肉体を先行させるなど思いつきもしなかった。
もし、サクモを抱いていたなら。
それは、宙に浮いた仮定でしかないのだが。

後にも先にも、サクモが青年に甘えるような仕草を見せることは、この一瞬しか無かった。

金髪の青年とサクモが、戦後処理を為しつつ、新たな任務もこなす多忙な日々を送るうちに、カカシもアカデミーを卒業し、下忍となった。
幼すぎるために、かえってスリーマンセルを組ませることができず、単独で高度な任務をこなしていった。
「カカシに中忍試験を受けさせるんですか?」
久し振りに三人が顔を揃えた夕食の席で、サクモは絶句した。
「受験に年齢制限はありませんから。本来、スリーマンセルで受験させることになっていますが、おれが推薦するということで、カカシは特例で許可されます。……風の国と大きな戦争になるようですから」
青年は淡々と答える。
「ああ、開戦しますか。カカシを部隊長クラスで連れていけるのなら、確かに助かります。ですが」
珍しく、サクモは青年に異を唱える。
「ですが、試験監督を私もやったことがありますが、あれは、運が悪ければ、カカシでも突破できないかもしれない。突破できないというのは……」
「死あるのみですね」
青年は、箸を休めることもない。
「カカシがということは、あなたまで!」
サクモは箸を握り折ってしまった。
自分のことを話されているというのに、他人事のように食事を続けていたカカシが席を立ち、新しい箸を持ってきて、父に渡した。
「ありがとう、カカシ」
反射的に礼を言い、サクモは、戸惑ったように息子を見る。
「試験ごときで死ぬの生きるの言ってるようじゃ、戦場になんて行けないでしょ」
大人びた声音で、カカシは言う。
「大丈夫だよ。試験管がついているような試験くらい、通るよ。オレ自身も、兄さま……先生も傷つけない」
名目上、担当上忍である青年を、カカシは最近、家でも先生と呼んでいる。
父にも青年にも、ついぞ甘えるということが無くなった。
その分、サクモの不安が増しているように、青年には見える。
「わかりました」
一度、目を閉じ、また開いたときには、サクモは木の葉の白い牙の顔をしていた。
「敵は砂忍。カカシを中忍の数に入れて、幾とおりか部隊編成を考えてよろしいでしょうか」
「もちろん。おって三代目から正式な通達がありますが、早くから準備しておくに越したことはないです」
青年は、外交用の穏かな笑みを見せる。
「あなたが仰ったら、もう指令と同じですから」
サクモが青年を、己の主上として扱うのは変わらない。
「先生。はたけ上忍の発言は、三代目火影様を軽んじる不敬罪に相当します」
カカシが、右手を挙げて言う。
青年は、真顔で頷いた。
「ん、カカシくんの言うとおりだね」
「カカシ、何を言うんだ。父さまは、決して三代目を軽んじてなど。どんなに尊敬申し上げているか」
サクモは、本気で慌てる。
「では、その尊敬を形にしていただくために、明日の火影様の呼び出しは、はたけサクモ上忍に一任するというのが、いいのではないでしょうか」
サクモを見ずに、青年を見て、カカシは言う。
「いいことを言うね、カカシくん。ん、賢明な判断だなあ」
青年は、何度も首肯する。
「ちょっと待ってください。明日、呼び出されていたのはあなたじゃないですか!」
サクモは狼狽する。
「でも、不敬罪だし」
「ん、不敬罪だよね」
頷きあうカカシと青年に、サクモは肩を落とす。
サクモも青年もカカシも、個人的に、三代目によく呼び出される。
問題なのは、三代目の両脇に控える相談役で、サクモと青年は身を固めろと見合い写真の束で攻撃され、カカシは菓子と玩具の洪水を浴びせられ、どちらが子守をしているのやら、わからない状態になる。
サクモも青年もひたすらに受け流すのだが、青年が攻撃を受けている間は、カカシの心に直接、不平不満をそのまま流すので、カカシには、青年が呼び出されるほうが参るようだった。
「見合写真とは限りませんよ。今度の戦争のことかもしれませんし」
涼しい顔をして言う青年を、サクモは睨む。
「ひとかけらだって、そう思ってらっしゃらないくせに」
「ということで、はたけサクモ上忍の査問は終わります」
しゃあしゃあと言い、カカシは食事に戻る。
「わかりました。明日は、私が行きます」
サクモは嘆息した。
髪を振り払い、不意に、戦闘用の表情になる。
「下忍、はたけカカシに上忍として命じる。明日、はたけサクモが火影執務室に入って、ジャスト五分後、泣きながら、次の言葉を言って、執務室に入ってくるように」
カカシは、きょとんとする。
「いいか? 次の言葉だ。新しい母さまなんて要らない。オレから父さまをとらないで。以上。復唱」
「え、やだ、そんな恥ずかしいこと、オレ、言わなきゃいけないの?」
「復唱!」
カカシは、条件反射で命令に従う。
「はい。新しい母さまなんて要らない。オレから父さまをとらないで。うわあ。オレ、こんなこと思ったことないよ!」
カカシは悲鳴をあげる。
青年は、瞳を輝かせる。
「いいですね。それ。おれのときも、やってよ、カカシくん。母さまは姉さまでいいか。ん、先生でなくて、そのときは兄さまに戻してね」
「やだよ、恥ずかしいよ」
ふくれっ面になるカカシに、サクモは満足そうに微笑する。
「おまえが言い出したことだからな。男らしく、責任をとれ」
「ああ、カカシくん、こういうのを、策士、策に溺れるというんだよ。覚えておいたほうがいい」
「いえ。これは猿の浅知恵でしょう」
「兄さまも! 父さまも! いい。オレ、中忍だけでなくて、さっさと上忍になって、命令なんかされない身分になる!」
カカシは、憤然と白飯を頬張った。
その様を愛しそうにサクモは見つめる。
青年は、カカシと、サクモと、双方を幸福な気持で眺めた。

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