金髪の少年 18

サクモの作戦は、三代目や相談役になおのことカカシを不憫がらせる結果となり、一時的に見合攻撃が鎮火してサクモや青年を安堵させた。
この女性なら太鼓判を押す、カカシにも母とも姉とも認められよう、とさらに強大化した攻撃をくわえられることになるのは、また後の話だ。
危惧された中忍試験も、カカシは実にあっさりと合格して、中忍になった。
わずか6歳にして。
金髪の青年はやるせない想いを噛み殺しつつ、部下のリストに、はたけカカシの名を加えた。
「カカシくん、心が読めるって、どんな感じなの?」
出陣にあたる説明の、ほんのついでという口ぶりで、青年はこどもに尋ねた。
言葉の選出に苦労しているらしい表情で、カカシは言った。
「頭の中に声が直接、聞こえてきたり、その人が考えていることが、頭の中にそのまま見えたりします」
「見えるって、映画やテレビみたいに?」
「そんな感じです」
「人によって聞こえ方や、見え方が違うの?」
「そんなには変わりません。でも、遠いほど聞こえないし、見えないし、人によって見えにくい人と、見やすい人がいます。三代目とかだと、オレのことを考えているときの声は聞こえるけど、見えるのは、全然、見えません。あ、父さまと、先生の心は、他の人と物凄く違います。別です」
「サクモさんとおれ?」
青年は、驚きを顔に出す。
「父さまは、父さまがオレに話しかけたいと思ったときしか、オレに声がしません。でも、言いたいと思うときは、どんなに遠くてもはっきり聞こえます。…氷河の国の言葉で、聞こえることがよくあります。オレ、他の人が言ってもわからないけど、父さまの氷河の国の言葉はわかります。父さまに、氷河の国の言葉で返事もできます。他の人には出来ないけど。見えるのは、いつも真っ白です」
「真っ白?」
青年は、疑問形で繰り返す。
「三代目みたいに見えないのじゃないけど、いつ見えても真っ白なんです。オレに話しかけててオレのことを考えてても、真っ白。オレに心を見せたくないわけじゃないみたいだけど、父さまの心は白くしかオレには見えません」
青年は眉根を寄せて、考えた。
どういうことなのだろう。
サクモが、カカシの能力をこえた制御術を心得ているということか。
はじきかえす者と称したサクモの能力か。
あるいは、カカシの表現力が追いついていないのか。
「先生のは、今みたいな感じ」
カカシが言った。
「え?」
一瞬、青年は思考をめぐらせるのを止める。
「声はね、いつでも言葉でよく聞こえます。見えるのは言葉だけじゃなくて、記号とか絵とか、そういうのがいっぱい入ってて、火の国の首都の道路みたいに、立体で、幾つも重なってる。それで、流れていくのが凄く速いです。頭がとてもいいからだって。天才だからだって、父さまが兄さまのことを言ってた。オレに命をわけちゃってるから、本来の力は出せてないはずなのに、これだけ凄いんだから、ほんとうに天才なんだって」
幼い呼び方をしたことに、カカシは気付いていない。
「サクモさんにも見えるの?」
「オレを通して見えることが、父さまにはあるんだって。だから、兄さま……先生が考えて出した結論に従うのが、いちばん、いいんだって。先生が考えて駄目だったら、他のどんな人にも駄目だから」
途中で呼称を直し、カカシが続ける。
自分のことをそんなふうに評されるのは、妙な感覚だった。
青年には人の心など見えないから、自分以外の他人の心がどう在るのかなど、わからない。
自分の思考の仕方しか、出来ない。
「ん! 声にしなくても、カカシにおれの言いたいことがわかるっていうのは、わかったよ。戦闘中、何か事が起こったら、おれの心を読んで判断するんだよ。心に直接、話しかける、それも使いなさい」
「はい」
素直に頷いてから、カカシは語を重ねる。
「それも、先生は他の人と違います。普通、人は他人に心を読まれてることを知ったら、恐怖で狂うくらいの状態になります。絶対に、人に心を知られたくなんかない」
「そう?」
確かに、カカシとサクモに、心を読む能力があると知ったときは混乱した。
しかし、それは、サクモが隠していた事実への怒りが大きい。
理解してからは、便利に使っている、と思う。
カカシやサクモだけでなく、特に戦闘中は、皆が心を読んで動いてくれるなら、伝達の手間がはぶけていいのに、とさえ思う。
カカシは考え考え、話す。
「先生は特別なんです。父さまが言ってたんだけど。知られるってわかっていて平気で、知られて都合が悪いことも何でも考える。便利だなんて思うのも先生だけ。先生は特別」
特別を強調され、青年はまた妙な感覚だった。
おれって、そんなに変なのかな。
サクモにも尋いてみよう、と青年は決めた。

サクモは、暗部を脱けていた。
木の葉の白い牙という効果を全面に出し、第一陣の隊長をつとめる。
青年もまた、前線に立つ部隊を任された。
カカシは、青年の庇護下に置かれた。
家に戻ってからも、青年はサクモと作戦を検討する。
青年の提案した戦術に、サクモは眉を寄せた。
「それは、あなたには実行可能です。ですが、あなた以外の忍者はついてこられません。脱出不可能です」
カカシに聞かされた「特別」の語が、青年の金髪に包まれた脳裏に浮かんだ。
「サクモさん。おれは、そんなに特別ですか? 変ですか?」
「は?」
いきなりの問いに、サクモは蒼い瞳を見開いた。
カカシとの会話を、かつまんで話す。
サクモの目元が和らいだ。
「何のことかと思いました。あなたは特別ですよ。他の人は違っています。奇妙というのではなくて、昔、私の馴染んでいた言葉では、神に選ばれた人間、という言葉が相応しいと思います」
「神に選ばれた人間、ですか」
青年は、表情を曇らせる。
「サクモさんの過去を否定するわけではありませんが、おれは、選民思想は嫌いです。人はすべて何かに選ばれたから生まれたんだと、おれは考えます。誰かが選ばれてて、誰かが選ばれてないなんて、有り得ないんじゃないかな」
「だから、あなたは選ばれた人なのですよ」
サクモは、神官めいた笑みを見せる。
「自分は特別な人間だ、特別でありたいと願うのが普通の人間です。特別ではないから、特別な状態が素晴らしいもののように勘違いできる。特別で、選ばれた人間は、それが素晴らしい状態などではないと知っているから、決していいものではないと知っているから、避けようとする、否もうとするんです」
「経験談ですか」
青年は、サクモに返す。サクモは表情を崩さない。
「いいえ。以前に学んだことを、あなたという人を観察して得た考察の、結果です」
「難しい話になると、サクモさんにかないやしませんね」
両手を挙げて、青年は降参の印を見せた。
「おれは、神の特別でなくて、サクモさん、あなたの特別になりたいんですけど」
さらり、と告げる。
「特別ですよ。誰よりも特別です」
サクモも、さらりと言う。
青年は、もう一度、降参の合図をしてみせた。

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