金髪の少年 2

病室には、三代目火影、相談役のホムラとコハル、自来也、綱手、大蛇丸といった面々が揃った。
木の葉隠れ里首脳部が、ごっそり移動してきたようだった。
自分がこの場に居られるのは、年齢の割に類稀な忍の才能を発揮しているからでは、ない。
金髪の少年は、それをよく知っていた。
事の最初から、居合わせたから。
鉄製のベッドで半身を起こし、質問に答えるサクモが、どうやら、誰よりも自分を頼りとしているらしいから。
サクモは、少年以外に赤ん坊を渡そうとしなかった。
赤ん坊も、少年の腕の中にいる限り、泣きださない。
「はい。たとえ皇帝でも、仙山(せんざん)には口を出せません」
サクモは、三代目に答える。
氷河の国は、皇帝を頂いた専制君主国家だった。
だが、その皇帝でさえ不可侵の領域があった。
神秘の力を宿し、人の運命を司っていると信じられている仙山。
その仙山で信仰生活を送る仙女と神官たちは、氷河の国にありながら、国家とは離れた次元にあった。
「私は、これまで仙山以外の世界を知りませんでした」
物心がついたときには、サクモは仙山に居たのだという。
二親の名も顔も、わからない。
仙山には、そういう者も多かった。
祈り、鍛錬し。
ただ、そういう生活が続いていくのだと、サクモは信じていたそうだ。
だが、氷河の国が革命で揺れるのと、時を同じくして仙山も震撼した。
百年に一度の霊力の持ち主と尊敬を集めていた巫女姫が、子を産み、没した。
そこまでを話したサクモは、少年に手を差し伸べた。
瞳の色から意を察し、少年はサクモに赤子を返す。
サクモは、赤ん坊を胸にそっと抱きしめ、頬を擦りよせた。
「永遠の処女であるべき巫女姫が子を産むなど、有ってはならないことです。国が崩れていくのも、そのせいだと仙山の長老たちは、お子ごと姫を葬ろうとしました。姫は、ひたすらに子を守られて、この子を産み、カカシと名づけられ、そのまま瞳を閉じられました」
神官であったというサクモの述べる言葉は、どこか物語めいていて、聞いている者に現実の生々しさを訴えない。
少年は、そう感じた。
「私が、カカシをとりあげました。私だけが姫のお側にありましたので。それから、姫のお言葉どおり仙山を逃れ、国を出て、火の国に参りました」
「あ〜」
自来也が場を壊すような声をあげ、頬をかきながら語をつないだ。
「その子は、アンタの子だろ? てこたあ、その姫てのは、アンタのコレってことだわな」
わざとのように下品に、自来也は小指を立ててみせる。
初対面の折の、謹厳な口調もすっかり捨てている。
サクモは驚いたように、濃い蒼の瞳を見開いた。
無意識なのか、金髪の少年を一瞬あおいでから、赤ん坊を抱きなおし、微笑んだ。
「私は、姫とはそのような関係にはありません。この子は、姫がお産みになり、カカシとお名づけになった子。カカシは私の子です」
その場にいる大人たちが皆、大蛇丸でさえ、なんともばつが悪いような顔をしたのを、少年は見てとった。
だが、サクモには、それが最上限の表現なのだということも、少年にはわかった。
「なんじゃな。カカシというのか、その子は、ほんとうにお主によく似ておるのう」
三代目火影が、気の抜けた声で言う。
サクモは、ぱっと顔を輝かせた。
「そう、思われますか。自分でも、そのようには思っていたのですが。瞳が黒いのは姫譲りで、これは、ほんとうに良かったと思っているのです」
こういうのを親ばかというのだろうか。
少年は、ぼんやりと考える。
大蛇丸が嘆息して、長い髪を払った。
「まだこどもみたいな見かけで、親ばかは早いんじゃない? アンタ、幾つなの?」
大蛇丸も、というより皆が同じことを思っていたと知り、少年はおかしくなった。
サクモは、少しむっとしたようだ。
「こどもではありません。来年には20歳になります」
「今は、19か」
今度は、ホムラがため息をついた。
そのため息の意味を、少年は汲む。
自来也たちよりも、自分にいちばん近い年齢。
だが、保護するこどもと言うには、重ねすぎた年。
里として、扱いに困るところなのだろう。
ホムラのではなく、少年の表情を読んだのか、サクモはカカシを抱きしめ、決死の顔で三代目を見た。
「お願いします。私をカカシと一緒に里に置いてください。なんでもします。仙山では守官長をつとめておりましたので、剣も使えますし、結界を張る力は、仙山一と言っていただいておりました。お願いします。カカシと一緒にいられさえするなら、なんでもいたしますから!」
サクモの動揺に引きずられたのだろうか。
カカシが、火がついたように泣きだした。
慌てて綱手が前に出たが、サクモはかたくカカシを抱きしめるだけだ。
「サクモさん。カカシくんを」
そっと声を掛け、金髪の少年は手を出す。
サクモは、少年の目を見つめながら、腕を解く。
赤ん坊の重みが、再び少年の手に託された。
軽く揺すってやる。
すぐにカカシは泣きやみ、黒い瞳で、少年の青い瞳をとらえた。
サクモと同じ表情だ、と少年は思った。
と、カカシが笑った。
赤ん坊らしく、ただ無邪気に笑った。
「ん、今、泣いたカラスがもう笑った」
言いながら、少年はカカシのふっくりした頬をつつく。
「可愛い顔、しとるじゃないか」
コハルが覗きこんできて、言う。
「とにかく、養生して身体を治して、それから考えよう。悪いようにはせんから、安心しなさい」
三代目が、慈悲深い笑みを浮かべ、サクモに言った。
「ありがとうございます」
寝台の上で、サクモは深く頭を下げた。
それは、確かに三代目に向けられたものだった。
だが、自分に向けられているように、少年は感じた。
サクモは、自分にしか心を許していない。
カカシを助け、泣きやませて笑わせた自分しか。
それが、誇らしいようでも、不安なようでもあり、少年は複雑な心境だった。

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