金髪の少年 4

早すぎる。
金髪の少年は、自身が時を追い越していく年齢でありながら、早すぎると思ってしまう。
はたけサクモが木の葉を代表する忍者となるのが。
カカシの成長が。
そして、サクモとカカシと、共に有る生活に慣れてしまった自分が。
もっと、ゆっくりとで良かったのではないだろうか。
サクモが自然と里に受け入れられ、カカシがまごうことなく里の子となってから。
いや。自分が権力を掌中してから。
サクモが忍としての実力を発揮するのは、それからのほうが良かったのではないか、と少年は考える。
人は、短期間で成果を上げる天才や、英雄を賞賛する。
しかし、それは何かのきっかけで、簡単に異端として排除される。
いつか、サクモもカカシも、凡庸な人の心というものに翻弄されるのではないだろうか。
もし、そうなっても、自分が強権を発動できる立場にあれば、守ることも可能だが、今は、一介の若い上忍でしかない。
全てが、早すぎる。
いずれ、己が里の頂点に立つことを、少年は疑ったこともなかった。
「兄さま、プンプン」
カカシが、少年の膝に上ってきた。
「プンプン? ん、怒ってないよ」
少年は体勢を変えて、カカシを抱く。
「では、また考えすぎてらっしゃる」
鍋を運んできたサクモが、笑いを含んだ声で言う。
「そんなに、いつもいつも考えてはいませんよ」
心外だ、と、少年は心のうちで呟く。
傍には、のんびり屋、おっとりしていると評される少年なのだ。
「考えてらっしゃいますよ。頭の回転が速すぎて、普通の人には止まっているように見えるだけです」
なんでもないことのように言い、サクモは、少年の腕の中にいるカカシに声をかける。
「ほら、おいで。カカシ」
「抱っこして、連れていって」
サクモには答えず、カカシは黒い瞳を少年に当てる。
「甘えん坊だね。カカシは」
呆れたように言いながらも、カカシを降ろす気は、もとより無い。
三代目や、少年の師である自来也が、さんざんに言う。
サクモは、ともかく。
おまえまで、カカシを甘やかすだけ甘やかすんじゃない。
おまえが、躾けんでどうする。
カカシが三歳になる今でも相変わらず、胸に抱きしめて少年以外には託すのを嫌がるサクモには、もう誰も何も言おうとはしない。
その分、少年が小言をくらうのだ。
それを少年は、内心では笑いを噛みころしながら、黙って拝聴している。
三代目も相談役も。三忍も。そう、あの大蛇丸でさえ。
抱いてくれ、と小さな両手を広げるカカシに、逆らえる者はいない。
大蛇丸は何やらの研究に熱心なのだが、その横で好奇心いっぱいで見つめるカカシを許し、他愛なく繰り返される質問に、ちゃんと答えてやっている。
意外と、大蛇丸は先生に向いているようじゃ。
その様を見た三代目が感心するともなく呟いたのを、少年は聞いている。
今、木の葉でもっとも権力を持っているのはカカシくんかもね。
幼児用の椅子に座らせながら、少年は口許に笑いを浮かべる。
「兄さま、プンプン、なおった?」
笑みを浮かべた少年に安心したのか、カカシが言う。
「ん、だから、怒ってないって」
なぜ、こんなにもカカシは敏感なのか、と少年は感嘆する。
カカシが特別なのか、こどもというのは、皆、そうなのか。
「食事のときくらい、あまりお考えにならないことですよ」
深い皿にとりわけながら、サクモが言う。
人の心の動きに敏感といえば、もともとは神官であったというこの男も相当だったな、と少年は苦笑しながら、座す。
その顔から、笑いが消えて苦みだけが残った。
「サクモさん、人参が多すぎて、表面が真っ赤に見えるんですが」
「いえ、赤いのは蕪です」
サクモがさらっと言う。
「ですが、浮いているのも沈んでいるのも、人参にしか見えません」
「そうですよ。人参には栄養がありますから。野菜はたっぷり摂らなくては」
「うう」
少年は唸る。
「あのね、兄さま。形がなくなるとね、人参に見えなくなるよ」
言って、カカシはせっせと人参を匙でつぶしている。
「そうだね。形を変えてみよう」
カカシにならい、少年は柔らかく煮込まれた人参をつぶす。
「全体に人参の味が広がるだけだと思いますよ」
サクモが、おっとりと言う。
その言に、少年もカカシも、まだ口にしてはいないのに、嫌いなものを呑み込んだような表情で、固まった。
「野菜が足りないと脚気になるんです。それは恐ろしい病ですよ。ちゃんと召し上がってくださいね。ああ、いただきます、が、まだでした」
「「「いただきます」」」
反射的に、少年もカカシも両手を合わせ、サクモに和す。
そう、実は、サクモさんは全然、甘やかしてくれないんだよね。カカシくんもおれも。
少年は、嘆息する。
のろのろと、匙を口に運びながら。
苦手な菜を食しながら。
それでも、この日々が続けばいいと思う。
ゆっくり、ゆっくり、進んでいけばいいと思う。
早く過ぎるな。
自身が時を追い越していく年齢でありながら、金髪の少年は願った。

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