金髪の少年 5

サクモは銀色の長髪をさらりと揺らして、首を傾げた。
「なぜ、カカシを戦場に連れていっては、いけないのですか」
「カカシくんは、まだ四つですよ」
金髪の少年は、嘆息してから言った。
「じきに五歳になります。それに、カカシは、通常の忍者としての能力は備えています。働けます。それに、私とあなたと、双方が戦場にいるのですから、里に一人で置いておくより安全です」
サクモを納得させる言葉を、少年は必死で探した。
少年、いやもうそろそろ、そうは呼ばれない。
実力に年齢が追いついてきて、今度の戦闘では大隊を一つ、任される。
サクモも暗部として、同じ闘いに参加することになっている。
自来也、大蛇丸、綱手も、やはり参戦する。
大きな戦だった。
サクモが、カカシを火影屋敷に預けるにあたって、否をとなえるだろうことは予想していた。
だが、当たり前のように、一緒に連れていく、と言い出すなどとは、少年も考えていなかった。
「……カカシくんは、額宛も与えられていません。木の葉の忍でなければ、参戦は許されない。カカシくんを、アカデミーにやりましょう」
アカデミーでも充分に早すぎて、本来なら、少年は反対なのだったが、仕方がない。
自分で自分に妥協した。
「アカデミー?」
サクモは、蒼い瞳を見開く。
少年は、言葉を選んで説明していく。
「忍術の学校です。二代目様がお始めになった、効果的に忍者を養成するシステムで、木の葉の里の忍は、これで飛躍的に強くなりました。何より、生存率が高くなったんです」
「学校で、忍者を作れるものですか?」
「忍術を体系的に学べます。適正者が講師になっていますから。それから、一般教養、いわゆる普通の勉強も教えます。忍以前に、人間を作らければならないでしょう」
「わかりました」
サクモは頷いた。
「カカシをアカデミーにやりましょう。あなたのご決定なら、間違いはありません」
「いえ、おれが決めたからではなくて」
少年は、サクモに心底から納得させる言葉を、高速回転で脳内から捻りだそうとする。
サクモは微笑した。
「あなたは、私にもカカシにも、ただご命令なさるだけでいいんですよ。理由は要りません」
「理由は要りますよ!」
慌てて、語を強くする少年の青い瞳を、サクモの蒼い瞳が覗きこむ。
背は、まだサクモのほうが高い。
だが、ときおり、サクモの細さは、自分が力のままに抱きしめたなら折れてしまうのではないか、という詮無い想いに、青年に差し掛かった少年はとらわれることがある。
決して、抱きしめたい、などと思うわけではないのに。
「おわかりでは、ないのですか? 私は、木の葉の里に忠誠を誓っているわけではありません。あなたに、忠誠を誓っています。私は、あなたの忍です」
目を合わせたまま、平常の声音でサクモは言った。
「そんな、そんなのは」
「ま、すぐに、あなたが木の葉どころか、火の国を統べるようになられるのでしょうし、その点では、私は木の葉の里の忍で、いいのでしょうけれど」
違う。
少年は、胸の中で強烈に否定した。
火の国はともかく。里の長になる。火影になる。
それはいい。自分でもそのつもりだ。
だが、サクモから欲しいのは、忠誠などではない。
自分の忍になってほしいのではない。
欲しいのは。
サクモから、自分が欲しいのは。
そこで、少年は思考を停止した。
どんな戦闘でも恐怖など感じたことのない心が、初めて、危険信号を出したのだ。
「ん、アカデミーに行ってみましょう。カカシくんを連れて。書類上のことは、ホムラさまにお願いしましょう」
無理に戻った話題に、サクモは笑顔で「はい」と頷いた。

黒い髪と黒い瞳の、背の高い、若い男だった。
「アカデミーの、うみのです。カカシくんの担任になります」
張りのある声で言い、少年とサクモに頭を下げた。
ホムラの事務手腕はさすがだった。
アカデミーにでも入れないと、サクモさんはカカシくんを戦場に連れて行くつもりです。
少年の言が効いたらしい。
家庭を持たないホムラは、なんのかのと言いながら、カカシを遅くに出来た我が子のように可愛がっているのだ。
「きみが、はたけカカシくんだね」
うみのと名乗った男は、しゃがんでカカシと同じ目の高さになり、こどもに微笑みかける。
カカシは、はにかんで、サクモの背の後に隠れてしまった。
少年は驚いた。
カカシは人懐こく、大蛇丸の実験室にも平気で出入りしていくような、人見知りも物怖じもしない子なのだが。
「カカシくんは、恥ずかしがりだね」
うみのは、優しく言う。
今度はカカシは、父の背から、少年の背に移ってきて、少年のジャケットの端を握りしめる。
「ん、珍しいんですよ。カカシくんが、こんなに恥ずかしがるの」
少年は、そっとカカシの手を握り、前に出そうとする。
カカシは、いやいやをして、抱き上げてくれというように、両手を差しのべる。
「いけないよ、カカシくん。ちゃんと、うみの先生にご挨拶して。サクモさんも、何か言って…」
少年の言葉は、途中で止まった。
父親のほうも、挨拶できる状態ではなく、固まっている。
なんだろう?
うみの先生は、そんなに怖い感じの人ではないのに。
「サクモさん」
声をいくらか大きくして、再び少年が名を呼ぶと、サクモのこわばりが解けた。
ちらり、と少年を見て、普段の表情を取りもどす。
「はたけです。息子のカカシを宜しくお願いします」
「はい。全力を尽くします」
どちらからともなく差し出された手が、握られる。
あ。
何かが音を立てたように、少年は感じた。
何か、何か。
いいものでも、悪いものでもない、しかし、特別な何か。
おそるおそる、という様子で、カカシがうみのの前に行った。
「よろしく。カカシくん」
もう一度うみのは、かがみ、カカシの小さな手を取った。
カカシは無言で、首をこっくりとさせた。
うみのという男。
こんなにも、サクモとカカシを動揺させた男。
戦場に行く前に、よく調べてみなければなるまい、と少年は決めた。

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