金髪の少年 6

うみのには、取り立てて特異な経歴はなかった。
順調に下忍、中忍となり、アカデミーの講師に採用され、教員としても優秀で、遠くなく上忍に抜擢されるだろう、という評価である。
私生活では、昨年、くの一と結婚をし、男の赤ん坊がいる。
資料室の棚にファイルを戻しながら、少年は考える。
この男の何が、サクモとカカシを平常でなくさせたのだろう。
「熱心ね」
気配もさせず、大蛇丸が入ってきた。
嫌い、苦手まではいかないが、正直、少年はこの男が得意ではない。
もっとも、たいていの人間はそうらしく、屈託なく懐いていくカカシのほうが変わっているのだが。
「大隊長ともなれば、念には念を入れて作戦を検討するってわけ?」
「そういうわけではないですよ」
実際、現在、少年の頭を占めているのは、そのことではない。
「カカシくんを、アカデミーにやるそうね」
前触れもなく、大蛇丸は話題を変える。
少年も、あっさりと答える。
「はい。今日、顔合わせをしてきました。うみの先生が担任してくれるそうです」
「うみの」
大蛇丸は、眉根を寄せた。
「サクモも会ったの?」
「もちろん」
「どんな様子だった?」
「緊張していたみたいですよ」
自分のこだわりは置き、簡単に言う。
大蛇丸は、不機嫌な様子で語をつなぐ。
「うみのという男はね、忍者というよりも先生が天職みたいな、聖職者と言われてるそうよ」
「よく、知ってますね」
少年は目を丸くする。
「いちばん嫌な種類の相手ですものね。そういう相手こそ、データを入れておけなけりゃ。そうじゃない?」
「肝に銘じておきます」
少年は、さらりと流す。
「そうね、サクモに会わせる前に銘じておいてほしかったわね。もっと、誰も知らないことを教えてあげる。うみのの子はね、彼の子じゃないの」
「どういうことです?」
ゴシップの類なら勘弁してほしい。その感情を、少年は声に滲ませる。
「親友が殉職して、その親友の恋人だった女と結婚したのよ。親友の遺言だったの。彼女とお腹の中の子供を頼むって」
「よく知ってますね」
先刻と同じ言を、同じ気持ちで繰り返す。
「その場にいたもの。女をしばらく里の外に出して、出産の時期を誤魔化して、うみのと結婚させたのも私。それがねえ、笑っちゃうじゃない? 生まれた子、うみのにそっくりなのよ。顔かたちから何から何まで。あの子が、父親と血が繋がっていないなんて、誰も思いつきもしないわ」
「……何を言いたいんです?」
金髪の少年は、青い瞳に力をこめて、大蛇丸を見返す。
大蛇丸は、少年を嘲るように笑った。
「そんな顔をするってことは、わかっているくせに。ねえ、サクモが、神秘の姫君に手を出せるような子だと思う? カカシくんがあの子にそっくりだということは、血の証明になりゃしない実例があるってこと」
何か言葉を口から出そうとして、少年は失敗した。
何度も唇を湿らせてから、言う。
「カカシくんは、サクモさんの子です」
大蛇丸は、口許だけで笑う。
「そうよ。別に、こどもがどうこうなんて、問題じゃないの。サクモは、宿命的にうみのに魅かれるわ。黒い髪、黒い瞳の、聖職者。あなた、なぜ、出会う手引きなんかしたの?」
大蛇丸の言葉に、衝撃など受けていない。
少年は自分に言い聞かせる。
反論の語がでてこないのは、反論する必要がないからだ。
自分に言い聞かせる。
大蛇丸は、黒髪をかきあげた。
「あら、気付いてないの? あなたくらい、頭のいい子でも。自分がどんな目で、サクモを見ているか」
「違う! おれは」
違う?
何が、違うというのか。
少年は、語を継ぐことができない。
「さっさと己のものにしてしまいなさいよ。今なら、サクモはあなたのものになる」
「違う」
同じ言葉を吐いた。
今度は、ずいぶんと語調が弱くなる。
唇を噛み、拳を握った。
顔を上げて、大蛇丸を見ることができたのは、目をそらせたら殺られる、という戦闘本能からだ。
大蛇丸の顔を見つめた少年は。
ふっと拳を解いた。
「あなたは、ご自身のことを言われたのですね」
大蛇丸は、一瞬にして表情を夜叉のごとくにする。
「あなたが、サクモさんを」
「黙りなさい。若僧」
鋭い一喝さえ、虚勢に見えた。
そうか。
大蛇丸のような男でさえ、人を恋うるのか。
少年は、一種の感動を覚えていた。
「私の言ったこと、ちゃんと肝に銘じておくほうが、いいわよ」
大蛇丸もすぐに感情をおさえ、資料室から出ていった。
少年は、背を壁に凭れかけさせる。
ここに、カカシが居たらいいのにな。
脈絡もなく、思った。
あの、柔らかく暖かな身体を、思い切り抱きしめられたら、と思った。

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