金髪の少年 8

サクモは表情一つ変えるでなく、金髪の青年を見返す。
冬の凍えた海のような、蒼色の瞳。
青年の空色とは、違う色。
その色が、青年の指の震えを止めた。
青年は、ゆっくりと手をおろす。
少しだけ笑んで、赤ん坊のカカシを渡してくれたときの瞳。
一緒に居るのが当然だとして、居られないことを訝しがった瞳。
苦手な菜を持て余す、カカシと彼を笑って見る瞳。
サクモが、金髪の彼を見つめる瞳の色は、決して変わらない。
信頼しきった、迷いのない色。
それは、今、ここに至っても変わらない。
揺らめく想いや激情は、そこには無い。
恋ではない。
性愛を伴ってはいない。
忠誠。
剣を捧げるように、身を捧げようとする。
彼がサクモから欲しいのは、そんなものではなかった。
まごうことなく、彼はサクモに恋していたから。
同じ感情でなければ、身体を貰っても意味がない。
「服を、着てください」
命令に近い声で、彼は言った。
「はい」
戸惑うふうもなく、サクモは再び身を覆った。
「何も、問わないんですね」
いくらか恨みがましく、金髪の青年はサクモを睨んだ。
面だけは外したままで、サクモは微笑する。
「あなたは命令するだけでいいのです。理由は要りません」
「そんなふうに割り切れるなら、今、抱いている!」
青年の、少年の部分が叫んだ。
「おれは、あなたを恋しています。もちろん、肉欲を持って。だから、あなたが、おれと同じに想ってくれるのでなかったら、セックスだけしても、どうしようもない」
青年は、着衣のサクモをそっと抱き寄せた。
上背は、まだサクモのほうがある。
年齢は永遠に、追いつけはしない。
だが、もうこうして、腕の中に閉じ込めることが出来る。
「おれを好きになってください。恋してください。愛してください」
静かに、サクモは語を発した。
「ご命令なら」
「違う!」
いつか大蛇丸に返したのと同じ強さで、青年は否定する。
「強制でも命令でもなく、あなたが、自分で想ってくれなければ、だめです」
サクモは、ゆるく首を振った。
銀の長髪が、さらりと後を追う。
「私は、そういう感情を持つことを許されていません。持てないんです」
「でも、仙山の巫女姫は愛したのでしょう?」
嫉妬丸出しの声だ、と、金髪の青年は自分が嫌になる。
「信頼と、敬愛と、忠誠を誓っておりました。現在、あなたに対するもの、全部です」
「だけど、カカシが生まれたのだから」
青年の語尾が、いくらか弱まる。
また、大蛇丸の声が蘇る。
ねえ、サクモが、神秘の姫君に手を出せるような子だと思う?
サクモは珍しく、青年に返事することに、躊躇っているようだった。
金髪の青年は、寝所に座した。
手で、サクモにも座るように合図する。
「第三種警戒態勢です。今夜は、あなたを大隊長護衛に任じましょう。暗部のほうも調整してきたのでしょう?」
褥を共にするつもりだったのだ。
サクモは、朝まで、自分を欠いても差支えがない状態にしてきたはずだ。
「はい」
果たして、サクモも頷いた。
「伽を命じます。お伽噺を聞かせてもらいましょう。今夜、聞いたことはお伽噺として、忘れます」
サクモは小さく、息を吐いた。
「飲み物を、用意してよろしいですか」
「お願いします」
手早く、サクモは茶を煎れた。
浮世離れした、と評されるサクモだが、日常のことは手際がいい。
金髪の青年にすすめ、自分も一口、喉を湿らせてから、サクモは語りはじめた。
「仙山というところは、きれいな場所ではありません」
サクモに、金髪の青年は目で疑問を示す。
「景色としては美しい場所です。一年中、ほとんどを雪に覆われていますが、短い夏には、色とりどりの花が咲き誇る。神殿は雪にも負けない白さを保ち、常に清浄に掃除されています。遠く仙山を臨んでも、仙山に入って神殿を眺めても、神がおわし、神官、仙女が使える場所として、ふさわしく目に映ると思われます」
一語一語、正確に伝わるように、サクモはゆっくりと喋る。
「ですが、真実は醜いのです。氷河の国じゅうの醜いものが仙山に集められ、仙山で浄化されることによって、国が清浄を保つのですから。そのために、仙山は有るのですから」
金髪の青年は、黙って聞く。
「霊力、五大国ではチャクラというものですね、これがあるからといって、神官や仙女が特別なわけではありません。人でしかないんです。醜いものを一斉に受け、儀式や霊力で浄化しても、結局は、自分たちが引き受けるだけなのです。それに、もともとの人の醜さを、神官や仙女が持ってないわけではない。むしろ、普通に暮らす人よりも、何倍も醜いんです」
神官であったというサクモは、醜さとは無縁のように見える、蒼い瞳で、金髪の青年を見つめる。
「外に出すわけにはいきませんから、内に、内に、こもる。そして、同志……仲間ですね、それに、向けられるんです」
サクモは、少し俯いて笑った。
自嘲するような笑みに、青年には思えた。
「あなたの言う肉欲、それは、いつものことでした。身体を交えることだけが、存在意義であるかのように、誰もかれもが交わっていました」
内容の割に、どうしてもお伽話にしか聞こえないのは、サクモの語り口のせいか。
自分がそう聞きたがっているからか。
金髪の青年には、判別がつかない。
「私が欲の相手に選ばれることは、小さな頃から、よくありました。私の見掛けは、そうした欲を呼び起こしやすいそうです」
青年は、恥に身が燃えそうになる。
「ところが、私は、男とも女とも、身体を交わすことが出来なかった。自然と、相手を弾きとばしてしまうんです。霊力が強すぎるのだろう、と仙山の守護を主にするようになりました。剣の腕も磨き、守官長に任命されたのは、十四のときです」
サクモは、己のこととは思えないほど、淡々と語を重ねていく。

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