金髪の少年 9

「それは一つの宣告です。仙山の中でも異質なのだ、人の世界では異質である仙女、神官のなかでも、異質なのだと宣告されたのです。肉欲をぶつける者はもちろん、私と個人的な言葉を交わす者もいなくなりました。仙山を守護せよ、氷河の国を守護せよ。私に掛けられる言葉は、命令だけになりました」
金髪の青年は、銀髪の男を、ただ見つめる。
青年も、非凡、特異という扱いを受けて育ってきた。
本能的に、他人とは違うのだという孤独を知ってきたと思う。
だから、青年には想像できた。
十四歳で、異質として遠ざけれた、サクモの孤独を。
ふわり、とサクモは、いつもの笑い方をした。
「私は、仙山以外の世界を知りませんでしたし、こどもでしたから、喜んで命令を受けていました。強くなること。それしか、考えていませんでした」
金髪の青年は、何度か瞬きをした。
国の軍事力である木の葉の里でも、陥りがちな思考だ。
強ければいい。強くなりたい。誰にも負けない強さが欲しい。
だが、既に金髪の青年は理解している。
その軍事の里の頂点に立つであろうと、自分の強さを疑ったことのない自分には、わかっている。
力は、人を救わない。
「姫様が仰いました。どんなに強くなっても、もっと寂しくなるだけだ、と」
己の心を読まれたか、と青年は、サクモを凝視する。
サクモは小さく首を傾げて、青年の視線を受ける。
偶然、なのか。
青年の驚愕が去ったのを見てとり、サクモは語を継ぐ。
「百年に一度、近来、稀に見る霊力の持ち主と言われていた巫女姫は、敬して遠ざけられる存在でした。まだ幼くていらしたのに、独りで、ずっと霊力と寂しさに耐えてこられていた」
サクモの瞳が、かすかに潤んだ。
この銀髪の男は、自分のことは笑って語るが、他者の辛苦には心を痛めずにはいられない。
また敏感すぎるくらいに他人の気持を察するから、およそ人生は生き難いだろう。
青年は、小さく息を吐いた。
「お疲れに、なりましたか? つまらないことばかり、申し上げていますから」
サクモは、座を立とうとする。
「そういうことでは、ありません。続けてください。先を、聞きたい」
サクモは一度、目を閉じて、嘆息した後、物語の続きに入った。
「私も年齢が上っていって、仙山や、氷河の国や、世界の全てに疑問を持つようになって、いわゆる反抗期らしいものを迎えていました。そんなときに、姫様からお言葉を賜りました。初めて、崇めるだけの巫女姫ではなくて、姫様というお人を考えるようになりました。仙山に嫌気がさすたび、自分は姫様をお守りするのだ、姫様のために強くなるのだ、と己に言い聞かせることで、その年月を過ごしました」
閉鎖された社会の、孤独な少年と少女。
その二人に恋が芽生えるのは、自然なことだろう。
自分でも嫉妬とわかっている感情と共に、金髪の青年は、少年のサクモと美しかったのであろう巫女姫を、脳裏に思い浮かべる。
実際に見たことなどないのに、絵のように美しい光景として、それは浮かんできた。
「ご存知のとおり、氷河の国は激動の時代に突入していました。仙山自体も、次から次へと問題が起こって、皆は、姫様を責めました。それまで、姫様を崇拝していた者が、掌を返したように責めたてるのです。仙山を降りる仙女や神官も多く、降りた者は、国の人を相手に激しく姫様を誹謗中傷しました。逃げ出した自分の後ろめたさもあったのかもしれません。そして、姫様がお子を身籠られているとわかってからは、大義名分を得たかのように、姫様とお子を葬ろうとしました。諸悪の根源なのだと言って」
革命が起こせるだけの、鬱積とエネルギーが国じゅうに、仙山にも、満ちていたのだろう。
現在の氷河の国は、第一の革命政権はとっくたおれ、第三次革命政府が統治している。
仙山の神殿は、廃墟となっているらしい。
「姫様は、全力でお子をお守りになった。私は、姫様をお守りしました。あの日、仙山では、その年最初の雪が降った日でした。火の国の暦でいうと九月十五日です。結界の中で、姫様は男の子をお産みになった。私しかお傍にはありませんでした。産婆や医師どころか女手一つなく、私が白光刀で臍の緒を切りました」
そして、長く苦しい旅を経て、赤ん坊を連れたサクモは、火の国、木の葉の里の大門に現れたたのだ。
「カカシと名付けたのは、姫君ということでしたね。サクモを守るカカシ、という意なのでしょうか。おれは、カカシくんがあなたの子だということを譲るつもりは、ありません。ですが、教えてください。カカシの血のつながりによる父親というのは、誰なんですか」
訊ねながらも、サクモから答が返ってくるとは、青年は予想していなかった。
常の通り「カカシは私の子です」という言葉が発されるのだと、信じ込んでいた。
だが、サクモは言った。
「最後のツアーリだった方です。ツアーリ、王様? 皇帝? 皇帝で意味が合っていますか?」
困ったように、サクモは青年の顔をうかがう。
金髪の青年が絶句しているのは、言葉がわからなかったからではない。
意味がわかったから、語を失ったのだ。
カカシは、氷河の国の、革命にたおされた皇家の血筋だと、直系の遺児だと、サクモは言ったことになる。
サクモの言葉が確かなら、木の葉の里は知らずして、強大な諸刃の剣を有していることになる。
そして、青年は、サクモのことが確かであることを、微塵も疑っていなかった。

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