日光に行こう! 3(現代O阪人パラレル)

カカシの補助ベッドを入れて三つ、寝台を置いても広々とした室内だった。
どことなく、時代を経てきた面影もある。
「カカシ、お昼寝し。サクモさんも横になって」
「「なんで?」」
ミナトの言に、カカシとサクモの声が重なる。
「朝、早かったし、今日、蒸し暑いから、疲れるてるし」
「かかし、ねむないもん」「これくらいで、疲れませんよ」
やはり、同時に、抗議する。
「そんなん、言うて」
ミナトは、一本、指を立てる。
「カカシは、すぐに歩きたない、言いだすし、サクモさんは、熱、出すでしょ。今まで、何回、同じことを繰り返してきたんですか」
カカシもサクモも黙った。
まだ幼いカカシは、大人と一緒の行動で疲れてしまうのは、当然のこととしても、サクモもまた、からだが丈夫ではなく、無理がきかない。
「ベッドで、ごろごろしてるだけでも、ええから。おれ、ちょっと、ホテルの中、見てきますんで」
「かかしも、いきたい」「ホテルの中は、見たいです」
「なんで、そないに、ぴったりハモるかなあ」
ミナトは、困ったような笑みになる。
「後で、ホテルの、専門の人にガイドしてもらいますから。おれ、今回の旅のレポート、書かなあかんのです。次回のご招待につなげんと」
「それ、ご招待、ちごうて、モニター、ちゃいますのん」
サクモが、的確に突っ込む。
「モニターとちゃいます。モニター料、出えへんし。あくまで、『旅と乗り物』誌の熱心な読者として、です。次の、箱根旅行も当てんと」
ミナトの笑みは、言葉の内容以外は、どこまでも、少女が夢見る王子様のように鮮やかだった。

渋々、といった様子で、カカシとサクモが横になったことを確かめて、ミナトは、ホテル内探索に出掛ける。
各室に備えつけてあるのだろう小冊子、ホテルの歴史を手に、勝手に入れるところには、勝手に入る。
鎖国からの開国後、東照宮観光や避暑に訪れる外国人のために、建てたホテルだそうだ。
現在も、外国人逗留客が多い。
場所も元は、もっと東照宮に近かったらしい。
西洋スタイルを貫きつつ、外国人が喜んだであろう、和風のテイストを取り入れてある。
「ん! どこの国ん人が見ても、おもろいな」
ミナトは頷き、元気よく歩いていく。
「何か、お困りですか」
迷っているとでも見えたのか、女性従業員が、英語で話しかけてきた。
「いま、困りましたわ。おれ、英語、得意ちゃいますねん」
流暢を通りこして、ネイティブそのものの関西弁で答えられ、従業員は、引きつった笑みを浮かべる。
「ついでやから、きいとこ。本館には、どないして、戻りますのん?」
「はい。ここを真っ直ぐ行かれてから」
気を取り直したように、従業員は、きれいな標準語で、道案内をしてくれた。
「ありがとうございます。助かりました」
ミナトも、正確な発音の標準語で返し、笑みを浮かべて、一礼した。
一瞬だけ、女性従業員は職務を忘れたような表情で、ミナトに見惚れた。
勝った、とミナトは思った。
金髪碧眼で長身、どこからどう見ても日本人には見えない容姿で、関西弁を操ると、たいていの人が驚く。
さらに、標準語を喋ってみせると、もっと驚いてくれる。
その驚愕を見るのは楽しい。
反して、サクモは、自身の見かけが嫌で仕方がないらしい。
両親が、共に北方の出だそうだ。
本人は日本生まれの日本育ち、というより大阪生まれの大阪育ちで、東京の大学に行っていたし、仕事の必要もあるので、関西訛りの全くない標準語も話せるけれども、英語は学校で習った範囲、北方の言葉はぜんぜん喋れないという。
見かけで、外国語で話しかけられることを、もっとも恐れている。
カカシは、母の遺伝子はどこに? というほどサクモそのままの姿で、やはり、日本語しか話せないが、ほとんどミナトが育てたので、既にもう、自分の見た目を利用することを知っている。
悲しいかな、オオサカで育てられたこ、であるので、どんなに格好をつけようとしても、発想が大阪人であることは、致し方ない。
「よしよし、ええレポート、書けそうや」
パン屋も兼営している売店で、おやつになりそうな物をみつくろい、ミナトは満足して、部屋に戻る。

二人とも、よく寝ている。
カカシは、サクモの寝台に潜りこんでいた。
あんなに、ごねていたくせに、サクモも、カカシを抱きこむようにして、すやすやと眠っている。
「また、おんなじ顔して」
寝顔までそっくりなのだ。はたけ親子は。
室温を調整し、カカシの肩まで上掛けを直し、サクモの脇に、ミナトは座る。
顔にかかる銀髪を、そっと、かきあげる。
「綺麗やなあ。サクモさんは」
声に出てしまう。
ミナトは考える。
誰よりも、どんな物よりも、芸術的価値が高いと言われる美術品よりも、サクモのほうが美しい。
過去の若いときより、今のほうが美しい。
昨日より今日、そして、今日より明日のほうが、きっと美しいだろう。

会った刹那、恋におちた。

他の何も、要らない。
サクモだけが欲しい。
掌に、銀色の長い髪をすくって、口付ける。
他の誰にも、渡したくない。
自分だけのもので、いてほしい。
そのためなら、何でもする。何にでも耐える。強くなる。
小さく息を吐き、身じろぎして、サクモが瞼をあげた。
「ミナト。おかえり」
美しい形の唇が綻ぶ。
「ただいま」
ミナトは低く答え、かすめるような、キスをする。
眠ったままのはずのカカシが、サクモの胸元を、きゅっと掴む。
苦笑し、ミナトは、カカシの頬にも接吻する。
「ん! 起き。美味しいもん、あるで」
カカシが、目をぱっちりと開いた。
「みなとせんせ。ごはん?」
「いや、まだ、おやつ」
言って、ミナトはカカシを抱きとる。
サクモが身を起こした。
ほどいて、乱れた髪が、艶っぽい。
カカシを大きな応接椅子に座らせ、ミナトは、サクモの髪を、手早く束ねる。
サクモは、黙って、ミナトの手に任せている。
「ああ、雨、降ってきましたわ。やっぱり、梅雨、明けてませんねえ」
ミナトは大きな硝子窓の向こうを見やり、呟く。
「雨んときに雨粒の当たらん屋根の下におる、いうんは、ええことですよねえ」
サクモが、しみじみと言った。
その、どこか哲学的な言葉に、ミナトは、どう答えようか、逡巡した。
真剣な顔で、サクモは、ミナトを振り返る。
「そない思うと、甲子園て不利ですよね。甲子園をドーム化できる可能性て、どれくらいある、思います?」
ミナトは、はっきりと苦い笑いを浮かべた。
「高校野球をあっこでやる限り、無理、ちゃいますか」
「せやったら、絶対に無理、ちゅうことですね。高校野球と甲子園は、ほとんどイコールですもんねえ」
サクモはため息をつく。
耽美主義者が賛嘆しそうな外側を裏切り、どこまでも、深く静かに、サクモは大阪人でしかなかった。

おやつを食べ、阪神タイガースの試合が中止になったことを確認し、今度は、ホテル内のガイドに従って、見学する。
意外に、カカシが、もっとも喜んでいた。
サクモは、どこか職業的な目で、デザインばかりが気になっていたようである。
ミナトは「やっぱり、専門家に話を聞かんとあかんなあ」と実感しながら、『旅と乗り物』誌に投稿する内容を、頭の中で補強する。
建物自体も、訪れた人々も、今は歴史となって、呼吸している。
周り終わって自室に戻ると、カカシが、興味津々の顔で、ミナトに質問する。
「がいどのおじさん、めっちゃ、ゆうめいなひとが、とまった、へや、いまは、ひじょうかいだんになってる、いわはったやん?」
「言うてはったねえ」
ミナトでなく、サクモが同意する。
「へやばんごうが、とんでいるのも、そういう、かいちくが、りゆうやからで、なんか、あるわけちゃうて、いわはったけど」
「「「なんか、あったんやろね」」」
三人の声が合った。
真偽のほどは、確かではない。

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