いつまでも、いつまででも(大学生ミナト)

日光旅行から帰った翌日の月曜日。
朝から細い雨が降っていた。
カカシは元気に傘をさして学校へ行ったが、サクモは発熱していた。
ミナトは大学を休んで、サクモのそばについていた。
サクモは無理ばかりする。
急の仕事もあっさり請けてしまうので、サクモの仕事しすぎを阻止することもミナトの役目だった。

ミナトは寝台に横たわるサクモの額に掌を当てて、息を吐いた。
「よかった、熱、下がったみたいですね。ん! もいっかい、はかりましょ」
「はからんかて、もう、大丈夫です」
サクモはミナトの手を払って、身を起こそうとする。
「あかん、ちゃんと、下がったて確認せんと。下がってても、今日、一日は、寝ててくださいよ」
「ミナトの手え以上に、正確に、はかれるもん、ないでしょう?」
潤んだ瞳で、サクモはミナトを見上げる。
普段ならそのまま抱きしめて、サクモの言に従ってしまうミナトだが。
「大丈夫やったら、はかったかて、ええでしょう? まだ、しんどいんでしょ、そんなに体温計、いやがる、いうんは」
サクモの体調に関しては、冷徹に判断をくだす。
「今日一日は、仕事せんと、寝といてください」
「…土日、留守したし、メールくらい…」
「旅行前にあれだけ調整したんやから、今日の今日は、放っといてええんです」
ミナトは、毅然として言った。

「サクモさん、お昼、食べられそうですか」
言いながら、ミナトが部屋に入ってきた。
サクモは眠っていた。
雨あがりの陽光が窓ガラスとレースのカーテンを通して、サクモの銀髪を、きらめかせる。
サクモの身に触れないようにして、ミナトは寝台に腰を降ろす。
そっと髪を撫でる。
誰かの見ている夢みたいに。
幻想的で、美しい姿。
サクモの白い項を長い指先で辿り、ミナトは嘆息する。
ひたすらに守りたい。
めちゃくちゃに壊してしまいたい。
相反する思いがミナトの胸中に、同時に発する。
ゆっくりとサクモが瞼を上げた。
「サクモさん、お昼」
慌てたように語を継ぐミナトの首を、腕をのばしてサクモは抱きこむ。
そのまま引き寄せて、口付ける。
「ちょっ、サクモさん、熱でも、ありますのん? て、熱、あるんやった」
身を捩じらせて、ミナトは、サクモから離れようとする。
サクモの体調を慮る頭とは裏腹に、若い欲望が目覚めていた。
それに従って、サクモのからだに、吸い寄せられた。
ミナトはサクモの白い頬を両手で挟み、唇を寄せる。
理性が溶けていく。
すぐに、情事としてのキスになる。
角度をかえて。
舌をからませ、唾液を送りこむ。
狂気のように、口付ける。
ミナトは、手早く衣服を脱ぎすて、寝台にもぐりこんだ。
サクモの寝衣も剥ぐ。
「んっ」
刹那、ミナトのキスから解放されたサクモは、息を洩らした。
いきなり、目を見開く。
「ミナト? ミナト! なんでっ!」
「なんで、て、サクモさんが誘たんです」
サクモは、驚愕の表情になった。
「え? あ、うそっ。夢やと思うて」
「ふうん。淫らな夢、見なあかんほど、欲求不満にさせてたんですね? おれ。これは猛省して、ご希望にお応えせんと」
「違う、そんなん、違う」
頬を真っ赤にさせて、サクモは、ミナトをおしのけようと、もがく。
「日光でも、おればっかりやったし。ちゃあんと、気持ちよう、させたげんと」
「せやから、そんなんと違います」
「暴れたら、また、熱、上がるから」
ミナトは、サクモの両手首を掴む。
「よかった。夢でも、サクモさんが、おれのこと、呼んでくれて」
「……そんなん、違う」
三度目の、同じ言葉による否定だったが、語気が違った。
「おれは、サクモさんだけです。サクモさんも、おれ以外、絶対にだめですよ」
低く囁き、ミナトは、サクモの項を噛む。
「あっ」
「そう。家やし、誰もおらへんし、いっぱい、声、出して」
年齢にそぐわない、色めいた声音で、ミナトは言う。
サクモは、目を閉じて、また開いた。
銀色の長い睫が、殊更にゆっくりと動いたように、ミナトには見えた。
潤んだ瞳が、いざなうように、見えた。
ミナトは身をずらし、サクモの男性器を口に含む。
また、サクモが艶のある声を出した。
サクモの唇が、震えている。
ミナトは、自らの口腔で、サクモの雄が育っていくことを不思議に感じる。
男性の欲望を、サクモが持っていることを、不思議に感じる。
十も年上で、結婚をし、カカシが生まれたのだと知っていても、不思議に感じる。
膨れあがる。
硬くなる。
腰を揺らめかす。
「ミナト!」
鋭く呼び、サクモが避けようとする。
ミナトは、なおのこと身体を押しつけ、サクモの男根を吸いあげる。
サクモが吐きだした。
粘った苦味が、ミナトの舌を支配する。
ためらうことなく、ミナトは、それを飲んだ。
サクモの精液を体内に摂取する。
そう、脳が認知して、ミナトの男性が怒張する。
「こんなん、いややのに。いっつも、いややって、言うてるのに」
サクモの潤んだ瞳から涙がこぼれ、震える唇が、語を紡ぐ。
「なんで? サクモさんのん、おいしいのに」
「せやから、違うって」
言葉が震えている。
ミナトは、長い指をのばして、サクモの涙をぬぐう。
「気持ち、ええでしょ? おれ、サクモさんを気持ちよう、してるでしょ」
「いやや」
サクモの声音は、ほとんど幼いカカシと同じになる。
小さく息を吐き、ミナトは、体勢をかえて、サクモの背に腕を回した。
抱きしめる。
「好き。大好きですよ。愛しています」
祈りの言葉のように、繰り返す。

サクモは最初から、思春期に入ったばかりのミナトを拒まなかった。
あっさりと身をくれた。
抱かれることに、抵抗したことはない。
だが、己の性欲を露にされることは、極端に嫌がる。
求められることでしか、安心できないらしい。

「ミナト」
甘く、名を発音し、サクモはミナトの背に腕を回す。
「サクモさん、愛しています」
低く囁き、ミナトは、サクモの髪を指で梳く。
サクモのからだは、常よりも熱い。
欲情のせいではなく、体調不良の発熱によることを、ミナトは知っている。
「愛しています」
髪を、背を、肩を、優しく撫でる。
ミナトの体格は、少年期を脱したばかりの細さを残していたが、手はもう、男のものだ。
大人の、男のものだった。
「夢でまた、おれを呼んでください」
「ミナトしか、呼ばへんよ」
小さく言って、サクモは眠りに落ちていった。
ミナトは、サクモの身を抱きつづける。

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