サロメ

一度目は、スリーマンセルを組んだときだった。
担当上忍である波風ミナトが、はたけカカシに言った。
「男の子に戻ろうね」
「どちらでもいいです」
そう、カカシは答えた。
カカシの母、サクモは、カカシを女の子だと思いこんでいた。
赤ん坊のときから我が手で世話をしていながら、だ。
この世の決まりごととサクモなら、当然のようにサクモを優先させていたミナトもカカシを女の子として遇した。
ひどく早い年齢の忍者登録も、くの一で成した。
カカシの返事を了解として、スリーマンセル時代にミナトがカカシの登録を男子に訂正したようだが、生活そのものはあまり変わらなかった。
もともとドレスやワンピースを着るわけでもない。
忍者であることが第一義だったのだから。
オビトの死でスリーマンセルが解消されると、なし崩しに、カカシはくの一の任務に就くようになった。
成長してサクモに生き写しとなってきた顔や体つきは、男の懐に入り込みやすかった。
なんといっても、政治や軍事を司るのは圧倒的に男だ。
美しい女の姿をしているほうが、暗殺はやりやすい。
皮肉なものだ。
間違いなく美しい女性であったサクモが最前線で戦う忍であったのに、息子であるカカシは偽りの美少女としてくの一の任務を行う。
二度目は、波風ミナトが四代目火影に就任した際だ。
「カカシくん、今度こそ、男に戻ろう」
「ですから、どちらでも」
また、カカシは答えた。
カカシ自身は、自分が男でも女でもかまわない。
任務がやりやすければ、それでいい。
「カカシ」
ミナトは嘆息し、カカシを膝の上に抱きあげた。
「ほんとうはね、おれは、きみを忍者にさせておくのも嫌なんだ」
「忍にしてくれたのは先生なのに?」
カカシは少し驚いて、ミナトの碧眼を見上げる。
「そうだね。おれが教えたんだよね。クナイや手裏剣の遣い方も、印の組み方も、何もかも」
悔いているような口調で言い、ミナトはカカシの髪を撫でる。
カカシは、サクモからは忍としての何物も教わらなかった。
忍びとしてだけではなく、自分は、サクモよりもミナトに育てられたとカカシは思っている。
サクモは、ただカカシを愛しただけで。
ただ愛するばかりで。
ただ。
「お父さん」
カカシは呼んでみる。
ミナトはカカシを強く抱き、その肩に顔をうつ伏せた。
カカシは知っている。
サクモがいたから、ミナトはカカシの父でありたかった。
サクモがカカシの母だから、ミナトはカカシの父として、サクモと確かな関係を築きたかった。
サクモが亡い今、ミナトにとってカカシは、サクモの面影を残すたった一つの形見である。
それでいて、カカシがサクモではなく、サクモがこの世にいないことを痛烈に思い知らさせてくれる存在なのだ。
波風ミナトは、カカシを愛してくれている。
カカシは、それを疑ったことはない。
サクモよりも余程、人間らしく、親らしく、忍らしく、師らしく、カカシを育ててくれた。
ミナトとカカシ二人だけなら、関係に揺るぎはない。
だが、サクモは死してなお、カカシにも、ミナトにも、輪郭がぼやけで不透明な、だけれどもあたたかく、やさしい世界を与え続ける。
「今すぐに忍をやめさせて、殺したり、殺されたりなんて無い所に、きみをやりたい」
顔を伏せたまま、くぐもった声でミナトは言う。
そこへ、ミナトが行きたがっているように、カカシは感じた。
殺したり、殺されたりなんて無い所。
しかし、サクモが忍であったから。
サクモが、ミナトにもカカシにも、強い忍者であることを望んだから。
木の葉の里を守れ、と言ったから。
カカシもミナトも、忍として里を守り続ける。

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