ノルウェイの森

もう、足は使い物にならなかった。
スクアーロは、膝でにじりよる。
「……っ、っ!」
声を出したいのに、喉が焼けて音にならない。
名を呼べない。
ザンザス、ザンザス、ザンザス!
胸の内でばかり、狂ったように叫ぶ。
ザンザスは、赤い瞳を見開いていた。
口は、罵詈雑言を吐きださないことが不思議なままの形を保っていた。
透明な固いかたまりに、スクアーロは手を当てる。
右手に感じる、熱さにおののいた。
それが、氷だと頭では認識している。
目の前で見ていたのだから、わかっている。
ザンザスの怒りの炎ごと、ボンゴレ九代目が凍らせた氷だと。
だが、熱い。
燃えるように、熱い。
中のザンザスは、どれほど熱いだろう。
口を開こうとして、咽んだ。
気管が切れて、血が流れた。
やっと、喉の通りがよくなった。
スクアーロは呼ぶ。
「ザンザス! ザンザス! ザンザス!」
両手で氷を叩き、擦る。
「今、今、溶かすからなぁ」
なぜ、自分の掌からは炎が出ない。
なぜ、自分の左手は体温を持たない。
早く、早くこの忌々しい氷をどうにかしなくては。
誰かが、何かを言っている。
しかし、スクアーロの耳には意味をもって届かない。
スクアーロは振り向かない。
自分のボスは、ザンザスだけだ。ザンザスの命令以外、きく耳はない。
きくものか。
冷たい金属の義手である、左手がうっとうしかった。
外す。
ああ、熱を持った左手があれば!
右手だけじゃ熱が足りない!
「ザンザス、ザンザス」
血を吐きながら、スクアーロはその語だけを唇の外に出す。
右手の掌と、左の肘で氷を叩きつづける。
誰かが、スクアーロの両脇の下に手を入れた。
簡単に、ザンザスから引き剥がされた。
「ボス! ボス! ザンザス!」
ひときわ大きな声で叫ぶ。
血で喉が詰まった。
氷の中で、ザンザスの唇が、かすかに動いたような、気がした。

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