ノルウェイの森 2

わざとのようにブーツの踵を石畳に叩きつけ音を鳴らして、スペルビ・スクアーロは歩を進める。
三月十三日。十五歳になった。
ボンゴレ最強とうたわれた独立暗殺部隊ヴァリアーの真新しい制服に身を包んでいる。
誕生日の今日、身体の成長に合わせた一式が支給された。
だが現在、ヴァリアーは独立の名に値していない。
揺りかごと称されるようになった、ザンザスが起こしたボンゴレ九代目暗殺未遂事件以来、部隊は解散させられなかったものの、組織の厳重な監視下に置かれている。
スクアーロはじめ、揺りかごに参加した最高幹部たちも同等の扱いだ。
処刑されなかったのは、年齢が幼すぎたからだと聞いている。ボスのザンザスからして十六歳、スクアーロは十四歳、アルコバレーノはさておき、最年少がまだ八歳のこどもだった。
揺りかごに唯一、参加しなかったヴァリアー副隊長オッタビオが懇願し、門外顧問の沢田家光もまたそれを進言したという。
嘘くせぇ。
笑っていいところだろう。スクアーロは笑った。
憎ければ憎いほど、相手を生かしておく。
それがイタリア人の普通の考え方だ。
死なせて、楽になどしてやらない。
生かして、死ぬより辛い苦しみを味わわせる。
ボス殺しをなそうとした、マフィア最大の罪を犯そうとした、こどもたちは皆、七つの大罪の名を冠され、罪の服を着せられて、罪のために生かされる。
カスどもがぁ。
スクアーロはひときわ高く音を立てて石の床を蹴る。
殺しておけばよかったのだ。
ザンザスも、自分たちも。
ザンザスは生かされている。
自分の髪は伸びていく。
どんな屈辱的な扱いを受けようとも、どんな仕事をやらされようとも。
ザンザスは生きている。
それだけで、オレたちは終わらない。
す、とスクアーロは歩みを止めた。
小柄な紳士が、金属でぐるりと囲まれたオブジェのようなものを見つめている。
その背に声を掛けるかどうか、スクアーロは迷い、結局、黙ったままでいた。
「スペルビ・スクアーロ」
紳士が、ゆっくりと振り向いて言った。
老人と呼んでもいい年配の、優しい面立ちに悲しみを湛えた瞳をしているボンゴレ九代目ボスが。
「お呼びか」
スクアーロは、九代目の前に右膝を折って跪く。
心に反して形だけの忠誠を示すことなど、痛くも痒くもない。
「剣はどうした」
静かに、九代目は問う。
スクアーロはなくした利き手、左の義手に直接、剣を装備している。
「外していけと言われた」
上の命令には従う。徹底して従う。従ってやるとも。
「それは余計な気をきかせたな」
九代目は薄く笑う。
俯いたまま、スクアーロは語を発さない。
封鎖されたこの場所。
ゆりかごの終結地となった場所。
あの金属に囲まれた中に、氷に閉じ込められたザンザスがいる。
こんな場所に、なぜ、九代目が自分を呼んだのか、スクアーロには、わからない。
しかも、剣を持ったままでも良かった、と言う。
スクアーロは、はっとして顔を上げた。
今、ここで、九代目は揺りかごの決着をつけようとしているのか?
スクアーロを、剣士として葬ろうというのか?
その瞬間を待っていたかのように、九代目は、無表情に告げた。
「どうせ外すのだからね。スペルビ・スクアーロ。立ちなさい。そして、服を脱ぎなさい」
「は?」
あまりに予想外の言に、スクアーロは反問した。
「身に纏っているものを、すべてとりなさい。義手も、だ」
二度目の反問は、許されなかった。
スクアーロはおもむろに立ちあがり、新品の上着を脱ぎすてた。
九代目の瞳が凝視している。
アンダーを脱いだ。
下着と一緒に、パンツを落とす。
ブーツを脱ぐ。
手袋を取り、義手を外す。
全裸で、スクアーロは、九代目の前に立つ。
既にスクアーロのほうが、背が高い。
九代目は、ただ、見つめる。
銀の髪は伸びて、肩にかかっている。
成長期の身体だ。
背に、肉がついてこない。
男性としての性徴も、途上だった。
九代目は、物も言わずに見ている。
スクアーロは、叫びたくなった。
寒くはないのに、鳥肌が立つ。
思わず、スクアーロは目を閉じた。
「目をつぶるな。ちゃんと、瞳を見せなさい」
逆らうことを許さない、九代目の声がつきささる。
スクアーロは唇を噛み、九代目を睨みすえた。
炎が出せたら。
詮無い事を、また思う。
不意に、九代目の視線がスクアーロから離れた。
そのまま、何を言うこともなく、歩み去っていく。
完全に、気配さえも九代目が消えてから、スクアーロは大きく息を吐いた。
服を手繰りよせ、すぐに身につけようとする。
だが、血や汚物を浴びたときよりももっと、皮膚が気持ち悪かった。
このまま布を纏うことが躊躇われた。
全裸で座りこみ、スクアーロは金属に囲まれたそれ、を見あげる。
考えるより早く、それに抱きついた。
ひんやり、と冷たい。
その冷たさが、身を浄化してくれるようだった。
「ザンザス」
いつもは胸の内でだけ唱える名を、音にして外気に晒す。
「ザンザス、ザンザス、ザンザス」
一度、出してしまうと止まらなかった。
迷子になった幼な子が母を呼ぶよりも熱心に、その名だけを叫ぶ。
「ザンザス! ザンザス! ザンザス! ザンザス! ザンザス!」
右の掌と、幻の、左の掌で金属を叩きつづけた。

スクアーロの誕生日が来るごとに。
儀式のように厳粛に。
その場所への、九代目からの呼び出しが繰り返された。

「スクちゃんは、ほんとに、お人形さんみたいねえ」
ルッスーリアが、スクアーロの長い銀髪を梳かしながら、しみじみと言った。
「うぜえぞぉ」
スクアーロが返すと、ルッスーリアは嘆息した。
「黙っててくれれば、だけど」
「ついでに、睨むな、だろぉ」
「わかってるんなら、ちょっと、やってみてよ」
苦笑気味に、ルッスーリアが言う。
「やるかぁぁぁ!」
スクアーロは、歯を見せて凄んだ。
揺りかごから四年。
今日、スクアーロは十八歳になった。
続いて誕生日がくるルッスーリアは二十一歳になるし、レヴィ・ア・タンはスクアーロより一歳年長で、アルコバレーノのマーモンはともかく、こどもは、誕生日がきても十二歳でしかないベルフェゴールだけになった。
だが、彼をこども扱いする者はなく、もう、彼らを恐るべきこどもたち、と呼ぶ者もない。
しかし、ベルフェゴールは、自分だけが大人として認められない年齢であることが悔しいらしい。
「ししし。日本じゃ、大人って二十歳かららしいよ。酒も煙草も選挙も、全部、二十歳にならないといけないんだってさ。日本なら、鮫もまだこどもだよ」
「なんで、日本が出てくるんだぁ?」
スクアーロが、まともに反応する。
「だって、ボンゴレだし。家光も日本人だろ」
「確かにね。日本人のボスも有り、だ」
ベルフェゴールの後に、マーモンも頷く。
初代ボンゴレが日本に隠棲して子孫を残したために、ボンゴレと日本の関係は深く、幹部は日本語を学ばされる。
ヴァリアー幹部は七ヶ国語を自由に操るが、特に日本語は、イタリア語と同じくらいに使いこなす。
だが。
「今更、家光がボスになるって言っても認めないぜぇ」
新品の上着を着込み、義手に磨きあげた剣を装着しながら、スクアーロは言う。
「あら。スクは、誰だろうと、ザンザス様以外のボスなんて、認めないんでしょ」
からかうように、ルッスーリアが言った。
「当たり前だぁ」
スクアーロは、ルッスーリアの目の前で剣を振り、銀の光を迸らせた。
「んもう。部屋の中で、物騒なもの、振り回さないでちょうだい。せっかく綺麗に、可愛く仕上がったのに」
ルッスーリアは、少し乱れたスクアーロの銀髪を整える。
「そろそろ九代目がお呼びじゃなくて?」
誕生日、新調された制服に袖を通したスクアーロに、ボンゴレ九代目が呼びだしをかけることは、ここにいるヴァリアー幹部、九代目の側近、皆が知っている。
だが、どこで何を為しているのかは、誰も知らない。
スクアーロも、九代目も、誰にも語らない。
それでも、大罪のこどもたちは何かを察している。
今は任務に出ている、どちらかというと鈍重な印象のレヴィ・ア・タンさえも、だ。
仲間意識などという生温いものではなく、共犯者の心情で。
同じものに焦がれる、どこか後ろめたい共感で。
ルッスーリアの勘のよさを証明するがごとく、ボンゴレ九代目の側近が、スクアーロを迎えにきた。

スクアーロの気配を感じてはいるのだろうに、ボンゴレ九代目ボスは、金属に囲まれたそれ、から視線を移さない。
振り返らない。
その背後で、スクアーロは、右膝をついたまま無言でいた。
顔も俯いたまま、意地になったように、九代目も、それ、も見ない。
「服を脱ぎなさい」
スクアーロに目をやらないまま、九代目は、いつものように言った。
立ちあがり、スクアーロは黙って従う。
音を立てて、剣を落とし。
艶やかな黒の上着を。
アンダーウェアを。
つるつるした革の下衣を。
下着ごと。
何回か、繰り返してきた通りに。
最後に、右の手袋と、左の義手を外す。
スクアーロの誕生日ごとに、繰り返してきた通りに。
全裸になって、スクアーロは一度、身を震わせた。
寒いわけではない。
何度、繰り返しても、皮膚に感じる気持ちの悪さは消えることがない。
金属に右手を触れさせたまま、九代目が振り返った。
「一回り、するんだ。急がず、ゆっくりと、な」
静かな、穏やかな声で、九代目は命じる。
スクアーロは従順に行動する。
動くにつれて、長くなった銀髪が揺れた。
ふ、と小さく、九代目は息を吐いた。
旋回をおえると、髪と同じ銀の瞳でスクアーロは九代目を睨みつけた。
裏切られる怒りと悲しみを、スクアーロの人生に教えた男。
この男を殺したい、と願った強さは、ザンザスよりスクアーロのほうが上だったかもしれない。
「スペルビ・スクアーロ。十八ともなれば、さすがに男だな」
九代目が、感想めいた言葉を口の端にのせた。
珍しいことだった。
無言で去っていくことが、この奇妙な儀式の締めとなっていたのに。
そりゃあ十八は、大人だからなぁ。
声にしようとしたスクアーロの脳裡に、先刻のベルフェゴールの言が走った。
日本じゃ、大人って二十歳かららしいよ。
厳重に、金属に囲われた中で。
氷漬けのまま。
ザンザスは、次の誕生日で二十歳になる。
十八歳も通り越して、二十歳になる。
イタリアの法律でも日本の法律でも、成人する。
スクアーロは、唾をのみこんだ。
ザンザスの誕生日ではなく、自分の誕生日に行われる儀式だから、ここまで気付くのが遅れた。
よりにもよってこの場所で行われる儀式の意味を。
老いぼれ、オレで、ザンザスの成長を確かめてやがるのかぁ。
ボンゴレのボス本人でさえ、ザンザスの封印を解くことは出来ない。
ザンザスはいつまで経っても十六歳の、怒りと憎しみをあらわにしたあの姿のまま。
もう一つ、スクアーロは気付く。
ザンザスの誕生日ではなく、なぜ、自分の誕生日にこの儀式が行われるか、を。
ザンザスは、九代目の実子ではない。
ザンザスの母親が生まれながらに炎をともす我が子を見て、ボンゴレボスの子だと妄想をいだいてしまったのだ。
十代目になるべき子として、]を二つも名に付けて。
そこまでイカレてしまった母親なら、我が子が生まれた日も]が二つ並ぶ十月十日なのだと思いこんだとしても不思議はない。
ザンザスの誕生日とされた日が、事実、ザンザスの誕生日なのかどうかはザンザスの母親が没した今、確かめようもない。
反して。
スクアーロが、三月十三日に、女の腹から出てきたことは、九代目自身が確認している。
スクアーロが、この世の空気を吸っている時間を、他ならない九代目がいちばんよく知っている。
カスがぁぁ。
スクアーロは、銀の瞳に力をこめて九代目を睨みつけた。
炎さえ出せれば。
ザンザスの代わりに、ザンザスより強い憎しみで、この老いぼれを焼き殺してやるのに!
ザンザスと同じように、その炎ごと凍らされるなら、それもいい。
そもそも、あのとき、自分もザンザスと共に凍ればよかったのだ。
もう少し、傍にいれば。
あのクソ足が、もう少し言うことをきいて、ザンザスの傍に行ければ。
スクアーロは、ザンザスと二人きりの世界で、眠っていられたものを。
九代目は、何も言わなかった。
悲しみを湛えたような目で、スクアーロを見つめるだけ見つめて、今度こそ、無言で去った。
待ちかねたように、スクアーロは金属に抱きつく。
涙が出た。
覚えている限り、泣いたことなど初めてだ。
どんな感情にも、痛みにも苦しみにも、泣いたことなどない。
「さすがのオレも、あのクソ女の腹から出たときは、泣いたかもしんねえけどなぁぁ」
言い訳ともなく、呟く。
そうだ、これは二回目の産声だ。
「待ってろ、ザンザス。オレが、絶対にここから出してやる!」
スクアーロにとって、二度目の誕生と、二度目の誓いだった。

スクアーロは、貪欲に情報を収集した。
現在のものも、過去のものも。ザンザス、ボンゴレ、マフィア。
資料を探り、人の話を聞き、自分の目で確かめられるものは確かめにいった。
一見、何も係わり合いがないと思われる事項も、頭に入れておくようにした。
だが、それらは、バラバラに点在するだけで、スクアーロの望む形をとらない。
ヴァリアーのアジト、幹部だけが集うサロンで、スクアーロは、仏頂面で考えこんでいた。
幹部もルッスーリアとマーモンしかおらず、外に気を遣う必要が無い。
「はい、スクちゃん」
ルッスーリアが、スクアーロのカップに熱いエスプレッソを注ぐ。
「最近、スクちゃん、仕事熱心だし、よく勉強もするし、フットワークも軽いわよね。日本の図書館まで、何かを読みにいってきたんでしょ?」
「うぉぉい。休みが無えから、機内泊でトンボ帰りだぜぇ」
「仕事でなく、自費でかい?」
その部分に、マーモンは驚愕する。
外からはわからないが、目深くかぶった帽子の中の目が大きく見開かれていることだろう。
「うるせぇよ、金の亡者」
とりあえず、スクアーロはマーモンを睨んでおく。
「で、わかったの?」
おそらく、自分では可愛らしい仕草のつもりだろう。
ルッスーリアは小指を立てた手を顔の前に持っていき、小首を傾げてみせる。
大男にやられても、不気味で恐怖を呼ぶだけだが。
あえてそれには触れず、スクアーロは長い銀髪を揺らし、ルッスーリアを、椅子の背にそっくり返るようにして見る。
「何が?」
「アタシたちのボスが、ここに帰ってこられる方法」
小指は立てたまま口に手を当てて、ルッスーリアは笑った。
「アンタが他のことに興味を示すはず、ないわよね」
「……なかなか思い通りにぁ、いかねえ」
正直に答え、スクアーロはカップを空にした。
「でもなぁ、必ず掴んでやる」
ルッスーリアにでもマーモンにでもなく、そこにいない誰かに挑戦するように、虚空を睨んで、スクアーロは言う。
何か、何かが、あるはずだ。
あの老いぼれを叩きのめせる、何かが。
「そうお? あんまり無理しないのよ。アンタ、バカなんだし。ほんとにね。頭の外側は、こんなに上等なのにねえ。羨ましいくらいよ。こんな綺麗な銀色の髪」
「うぜえぞぉ」
ルッスーリアが髪を撫でてくることに、顔を顰める。
そして、はっとした。
銀色の髪。
鍵は、自分自身にある。
スクアーロはサロンを飛びだした。

物心がついたときには、自分を育ててくれている老夫婦が実の両親でないことを、スクアーロは知っていた。
大事な預かり物なのだ、と、事あるごとに老夫婦は言っていた。
黒い髪と黒い瞳の女の写真を見せられ、母だと教えられた。
温和そうな紳士の写真を見せられ、父だと教えられた。
その女も男も、一度もスクアーロに会いにくることはなかった。
ある日、老夫婦が涙ながらにスクアーロに告げた。
おかあさまが亡くなられたのだよ。
会ったこともない女が死んだと言われても、何も感じなかった。
学齢期に達して、スクアーロは、マフィア関係者の子弟が多く通う学校に入った。
スクアーロのおとうさまは、大マフィア、ボンゴレの九代目ボスなんだよ。
スクアーロもしっかり勉強して、いつか、おとうさまのお力になるのだよ。
力になど、なりたくなかった。
だけれど、強くなりたかった。
だから、剣の腕を磨いた。
炎を出せない役立たずの手に、剣を持った。
九代目の息子として生まれながら、その男の子がボンゴレの死ぬ気の炎を宿さなかったため、スクアーロという名と金銭を与え、産んだ女のお付きとその夫に、ボンゴレの外で育てさせたのだと聞かされた。
炎は出ないけど、スクアーロは、ボンゴレ直系の血を引く子。 きっと、いつか、九代目も認めてくださる。
そう繰り返していた老夫婦は、スクアーロを学校にあげたことで安心したのか、相次いでひっそりと息を引き取った。
そのときは、スクアーロも悲しんだ。
人のいい老夫婦を悼んだ。
傍目には、わからなかったであろうが。
役に立たない自分を捨てたボンゴレ九代目を、憎んでいた。
誰よりも憎んでいる、と思っていた。
ザンザスを見るまでは。
九代目の実子であるはずの彼は、誰よりも強い憎しみと怒りをたたえていた。
一目見て、かなわないと思った。
本能で悟った。

カズザメ。てめえの憎しみが役に立つ計画を教えてやる。

ザンザスの憤怒の炎こそが、すべてを焼きつくし、殺し、浄化するのだと信じた。
だが、現実として、ザンザスは氷の中で眠らされ、自分は良く言って飼い殺し、九代目はボンゴレの偉大なボスとして権勢をふるっている。
だが、まだ、だ。
ザンザスも自分も、死んではいない。
逆転する何か、何かが、他ならぬ自分のなかにあることに、スクアーロは辿り着いた。
九代目は、ボンゴレ直系のイタリア男らしいイタリア男で、写真でしか見たことはないが、スクアーロを産んだ女はこれも、黒髪黒瞳のいかにもイタリア女らしいイタリア女だ。
どこに、銀の髪、銀の瞳、白すぎる皮膚の、太陽を拒んだようなスクアーロの容姿を形成する因子がある?
北方の血が混じっているわけではない。
色素が足りていないだけだ。
血が近いから。スクアーロを産んだ女は、ボンゴレ九代目の、年が離れた妹だから。
それが要因かどうかはわからない。
だが、母親はそう思った。
真っ白な赤ん坊に、産んだ女は、罪の子だと悲鳴をあげ、二目と見ようとしなかったらしい。
人のいい老夫婦は、スクアーロに、もっとも禁忌となる出生の秘密を洩らすことなく、墓まで持っていってしまった。
スクアーロは、自力で秘密を知った。
厳重な管理下にあるとはいえ、ヴァリアー最高幹部の権限を持って。
妹と寝て、妹を孕ませ、妹が子を産む場に立会い、さっさとその子を捨てた男の息子であるスクアーロ。
こんなにもボンゴレの血を濃く引きながら、いや、その濃さ故か、死ぬ気の炎を宿さないスクアーロ。
九代目と血の繋がりなど何もないのに、生まれながらに、炎を宿すザンザス。
表と裏。
裏と表。
ザンザスの気持ちがわかるのは、自分だけだとスクアーロは思う。
そして、自分の気持ちがわかるのも、ザンザスだけだ、と。

三月十三日。スクアーロが生まれて二十二回目のこの日。
銀色の髪は、腰を覆うまでに長くなった。
真新しいヴァリアー隊服を脱ぎすてた身体には、もう少年の匂いは、残っていない。
「背は、もう伸びないぜぇ。去年とサイズは変わらねぇ。もう、成長はしねぇ」
スクアーロは、ボンゴレ九代目ボスを、挑戦的に睨む。
「ザンザスも、もう成長は止まってると思うぜぇ。とっくに、な」
ゆっくりと、スクアーロは九代目に歩みよる。
八年も前から、揺りかごの頃から、スクアーロのほうが背は高い。
長い足を折って、スクアーロは九代目の前に跪く。
「すっげえ、いい男になってんだろうなぁ、ザンザスは。あんなかで。十六ん頃から、いい男だったからなぁ」
一分の隙もない紳士である九代目の下衣をさぐり、前を寛げて、その男性器を出す。
躊躇はなかった。
萎えたものを、スクアーロは口の中に入れる。
たいした技巧も必要なかった。
それは、すぐに膨張した。
「やっぱり、なぁ」
わざとのように、唾液を糸のように引きながら、スクアーロはにやり、と笑う。
「アンタは、血が近いモンでなきゃ興奮しねぇんだぁ」
九代目は表情も変えなかった。
悲しむような目で、スクアーロを見ている。
九代目は妻帯しなかった。
決まった女を持つことも、不特定の女と戯れることもない。
男色の趣味もなかった。
愛したかどうかは知らない。
抱いたのは、実の妹。
そして、血の濃い息子の口淫に、反応する。
「アルコバレーノどころじゃねえなぁ。どんな呪いだぁ? てめえに、かかってんのはよぉ」
「おまえは、おまえたちは、なぜ」
ほとんど息だけで、九代目は言った。
スクアーロは、赤い舌で、ぺろりと九代目の性器を舐める。
「年甲斐もねえ。なぁ、ザンザスは知ってるぜ? オレとてめえが何をしてるか、奴はきっと知ってる。超直感てので」
この金属も、氷も、ザンザスの障害にはならない。
ザンザスは今も、憤怒と憎悪を増大させている。
「こういうの、なんてえんだ? てめえと血が繋がったオレに、超直感もなけりゃ炎もなくて、血なんざ微塵も繋がってねえザンザスが炎を出せて、超直感も持ってるてのは?」
九代目は、スクアーロの言うに任せていた。
金属に背を預け、足を投げだす格好でスクアーロは九代目を座らせる。
九代目は抗わない。
九代目の屹立したものに、スクアーロは腰を落としていく。
一瞬だけ、目を瞑った。
覚悟していた以上の衝撃だった。
喉を反らせて、髪を乱す。
んもう。せっかく綺麗に、可愛く仕上がったのに。
脈絡もなく、ルッスーリアの声が脳裏に蘇った。
スクアーロがこんなことをしていると知ったら、ルッスーリアは、もう髪をととのえてはくれないかもしれない。
いや。ボスを救うためなのだから。
ザンザスさえ帰ってくれば。
ルッスーリアは、この呪われた銀色の髪でもまた綺麗だと言ってくれるだろう。
「……ザンザス」
心のうちでだけ唱えたはずの声が、外にもれた。
「なぜ」
絶望を示すような声音で、九代目は言った。
「どうやったら、封印が解ける?」
可聴音ぎりぎりの声で、スクアーロは問う。
九代目は瞼をおろした。
にちゃり、と水気を含んだ音だけがした。
「ボンゴレリングだ」
つかのまの沈黙の後、九代目は言葉と精を吐きだした。

ただ、息子として愛すには。
ただ、父親として恋うには。
誰もが弱すぎて。

さらに、半年の時間が必要だった。
九月九日。
ザンザスは八年の眠りから覚醒する。
封印された場所には、七つの焦げた黒い跡があった。
スクアーロは、カードを繰っていた。
マーモンにのせられて、賭けポーカーをやっていた。
面白いわけではなかったが、負けるのは嫌だった。
気配もなかった。
突然、背後から、後頭部に衝撃を受けた。
「何、しやがるっ!」
立ちあがり、外していた剣を右手で掴む。
「はァ?」
ワインの瓶を右手にした大柄な男が、不機嫌な声を発した。

物語が始まる。

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